2010年10月31日日曜日

アーミッシュ

ミズーリにもアーミッシュがいて彼らのストアーからも買い物をしてきた事がある。
彼らは子沢山で子供達は小さいときからよく働く。
アーミッシュでぽっちゃりした人を見たことがないし筋肉隆々の親父もいない無駄な肉は彼らの生活には邪魔なだけだ。
大体皆、長距離ランナーの様な体型だ。
化粧などUV対策もしないで外で長時間働くことが多いので彼らの顔は老化が進んでいるがそのシワもまた人生。
ビデオや写真を撮られることを嫌うので、彼らは結構誤解されていることもあるが、社交的で文明的な生活をしている。
電気や電話を自宅に引き込まないだけで酪農で収益のある人は皆、納屋には電力会社と契約して搾った牛乳を冷やして保管している。アメリカの法律改正で必要になりそれはアーミッシュの団体も認めている。
電話が必要なときは近所に借りに行くし、公衆電話も使う。カントリービュフェで食べたときも彼らもそのレストランで食べていた。
彼らが電気を使わないのは組織の決め事を守る行為でありその団体に属する為には必要なチョイスである。
私の持っているアイスクリームメーカーは電気を使わないので、彼らも持っているし、プロパンガスの冷蔵庫も家にはある。
団体によっては車も持っていて礼拝には黒塗りの車がずらりと並ぶ。エンジントラクターを持っているアーミッシュもいるが、鉄の車輪の馬車が一番カッコは、いいと思う。
東京に行くのにバイク、車、新幹線、自転車、徒歩の順番で行きたがる私にはアーミッシュにはなれないし、アーミッシュの世界より原田泰治が描くほのぼのとした世界が私にはあっているかも知れない。画像は先日郵便局で買った切手です。

2010年10月29日金曜日

10月29日の夕焼け

今日も「家内」とリフォームの仕事
けっこうがんばって少しヘロヘロでの
長野市内の帰り道の夕焼けです。
綺麗を通り越してすこし怖ろしい程です。
良い方のカメラを持っていれば良かったと悔やみましたが、
それでもこれくらいには撮れました。
やっぱりこれくらいの夕日だと血をイメージしてしまいます。
新潟の地震の前の日も柏崎で怖ろしい程綺麗な夕焼けをみたので
この後の台風や災害が無いことを願います。
日本では日の始まりと終わりに(ユダヤでは始まりと終わり)
この様なシーンが繰り返されるのは、ほんと凄いです。

2010年10月28日木曜日

自然の中のネジレ

話が長いですし、少し恐い虫の話ですので弱い方は読まないでください。

ネジレバネという昆虫を見た人はなかなかいないと思います。
ほとんどを蜂の中で過ごすからです。
ネジレバネ目の他の昆虫目との系統関係はほかのどのグループよりも昆虫学者を悩ませているほどで、幼虫や成虫の形態、ゲノムまでもが極限まで寄生生活の適応に特殊化しているため、いまだ系統的な位置付けははっきりしてない虫。
特にネジレバネの雌は一生をスズメバチの体内で過ごし栄養は全てスズメバチに依存している真の寄生者です。
雄が羽化した成虫は2枚の後翅で飛ぶことができますが,口は退化していて全く餌を採りません.前翅は退化して棍棒状 、羽が捻れているから多分この名前なのでしょうね。
ネジレバネに寄生された働きバチは,巣の中でジッと静止していることが多く、餌集めや巣材集めに外へ出かけることが無い、巣内の作業もほとんどしないが食べたり飲んだり飛んだり刺したりはどちらの意志かはわかりませんがします。一匹のスズメバチに数匹のネジレが住む時もあるらしいですからどんなふうに神経系とつながりどいつが支配するのか不思議です。
そのためネジレバネの寄生率が高くなった巣では,コロニーの発達が阻害されます.
また,新女王やオスがネジレバネに寄生された場合も繁殖活動はしないらしいです。
姿形は蜂なのですが中身は全く違うのですから当たり前ですが様々なコマンドにもしたがいません。。
ネジレバネは寄生率が極めて低く,人目にも触れにくいため生態等についても未知の点が多い昆虫と言われています。
なぜこんな虫の話をするかといえば、ネジレバネに寄生された働き蜂は冬になっても死亡せず越冬をするからです。羽化すればわずか数日の命しかない雄蜂が延命させられていく(と、言ってもゾンビ状態ですが)
彼らの生活環は脚のある一齢幼虫が宿主の体内に寄生した母親から産み落とされるところから始まり。一齢幼虫は脚を使って何とか新たな宿主にたどり着き、表皮に穴を開けて潜り込みます。そして、宿主の体内で脚の無い、うじ虫型の幼虫へと脱皮します。その後、幼虫は成長しますが、皮を脱ぎ捨てることはしません。古い皮を被ったまま成長するのです。雄は蛹を経て羽のある成虫になりますが、メスは蛹期を経ることなく、幼虫型の親となり、宿主の一部から顔を出して雄が来るのを待つのです(一部、雌も体外に脱出するグループいる。また、雌しかいない種も知られる)。
雌は体内で無数の卵を生産し、幼虫の形で産み落とします。
メスの成虫は翅も脚も目も口も無く幼虫のような形をしており全く移動できないので、メスは宿主の腹を破り、頭を出して、性フェロモンを撒き散らしオスを集める。羽化したオスは数時間程度の寿命しかなく必死にメスを捜す。
オスはメスを見つけられても宿主の身体にスッポリは入っているメスと交尾が出来ない。そこで、ネジレバネのメスは頭部に第二の性器というべき穴を形成しており、ここで交尾をする。(この前性行為を経験してない女の子が口で受け取った精子で妊娠したニュースがありましたが、そんなDNA持ったものが増えていくと人でも可能ですね、まあネジレは口すらないですが、、)本来の性器はやはり下腹部に残っているが退化しているらしい。交尾が終了しても卵は母親の体外に出ず、体内で孵化し母親の体を破って出る(卵胎生)。

ネジレバネは生きている宿主の中で生育する「飼い殺し寄生者」です。飼い殺し寄生は、宿主に進入後すぐに宿主を殺して食べ始める(つまり死体を食べる)様式に比べて複雑な様式です。何故ならば、生きている宿主は異物を認識し排除する生体防御系をもっており、それを何とか誤魔化しながら宿主体内に留まり続けなければならないからです。その他にも、複雑な宿主の操作を寄生蜂などは行っています。
ネジレバネの1齢幼虫は宿主に到達した後で、穴を穿ち始めます。たどり着いた後、そこで「何かをする」ようです。観察事実としては上皮細胞層は陥入を開始し、幼虫はその「ポケット」に潜り込む形になります。さらに、陥入が進むと、「ポケット」は根元で切れて独立し、虫を包む「バッグ」となります。バッグは腹部に移動します(移動の仕組みは謎)どうもこのバックが宿主の体なので胎盤の様な役目?。

幼虫はバッグの中で成育を続けます。バッグもそれに伴って大きくなります。バッグは閉じられていますが、ネジレバネは恐らく宿主の血リンパ中から栄養を受け取ると考えられてます。雌はやがて体の前半部を硬化させて頭を宿主の腹部から覗かせますが、柔らかい体内部分はバッグに守られたままになっています。バッグ部分の塩基配列を決めて調べた報告では、間違いなく宿主のものだったらしいので。バネは宿主の皮を被ることで異物として認識されることを避けてるのだろう。
このような生体防御系の回避法はネジレバネの宿主範囲が広いことの大きな理由の一つになっている。(アリ、かめむし、かまきり、ハエにもただし専業種たしかスズメハバチの種類内でもちょっと専業だったかも)
羊の皮をかぶったオオカミという言葉がありますが、この様なモノがいると認識する事は決して無駄ではないと思う。自分に置き換えて考えるとちょっと恐い。いや、かなり怖い

2010年10月27日水曜日

越冬












コガタススメバチは越冬室を作ります。ハート形が可愛いです。

今朝は、白いものが細かくゆっくりと落ちてきている。
この時期になると仕事が無くなり解雇された蜂が、うろうろ。
女王蜂が雄と越冬の為の交尾をすると特殊なフェロモンが出るらしく
それまで甲斐甲斐しく働き続けた働き蜂は巣を離れ
寒い日は日向ぼっこしたりして死を待っているだけの状態になります。
蜜蜂以外は巣ごと越冬する事がありません。
スズメバチなどはそれは見事な巣を作りますが1年で廃棄。
リサイクルされることは決してありません。
交尾を終えた次期女王になる成虫の雌がお腹に受精卵をはぐくませながら倒木やワラの間、土の中で成虫のまま冬を越えます。(一部のハチでは、サナギ(蛹)になる前の、『前蛹』の状態で越冬する種類もあります。)
春になっても1月ほどはひたすら体力の回復をまち樹液やアブラムシの蜜などを飲んでそれから風のない穏やかな日を選んで初めの巣を作ります。
巣にうんだ卵がかえり働き蜂になるまで女王は一匹で(正しくは一頭でしょうか)全ての世話をします。
この期間にかなりの女王が力つき途中のまま残された巣を見かけます。
繁栄できる巣は全体の1割あるでしょうか。
働き蜂は交尾によって産まれたのでなくコピーですので生殖能力がなく、営巣・育児、花粉や蜜の採集などをするハチです。
幼虫の育成に成功した女王の巣は働き蜂の活躍し出すと働きを休み産むことに専念します。こうして一気に巣は大きく成長します。
そうしてたたき上げた真の女王になります。

王という名がつくと仕えられているイメージがありますが、
まず召使の様に使える事、
命を宿すものが艱難を越えうる事は、そこにもキリストの影を見る思いです。

2010年10月26日火曜日

ケチ?

山に住んでいると町まで距離がある。
坂も急なのでブレーキパッドも減る。
ディーラーで交換は17.000円程かかる。
ケチなのでネットで買った4枚セット1.630円。
かえてみたらいい感じ。
ケチは私を育てる。

「極カステラ」を頂いた、さすがにうまい!
美味しいものを食べてまた手作りも楽しみになる
ケチは家内を育てる。

中国の石をもらった。
いかにも中国四千年という風合いの箱にうやうやしく入っている。
研かれて玉になってピカピカだ、元はただの石である。
ケチは中国人を育てる。

箱に入れたままだと、ホコリをかぶるだけなので箱から出して飾っておくことに。
これでいつでも見て眺めることが出来る。
私という箱からも内なる方がいつでも自由に出て働けますように
ちなみに彼はケチではない。
ただいつも少し押し込むように恵んでくださる。
一体どんな性格なのだろう。

2010年10月25日月曜日

紅葉の手前








写真の通り書きたいことは山々ですが昨日の戸隠です。
紅葉にはまだ1週間先がベストでしょうか。それでも綺麗です。

2010年10月24日日曜日

俺ってレア?(希土類)

中国はレアアース(希土類)の産出国(写真は昨日の朝の風景ですが)
レアアースとはスカンジウム 21Sc、イットリウム 39Y、ランタン 57La からルテチウム 71Lu までの17元素からなるグループです。
次の時代のキーになるハイブリッド車に必要なレアアースの93%以上が中国です(重要ないくつかのレアアースの供給では99%以上のシェア)。
消費量では日本が世界の約半分を使っている。
かつてはライターの着火石くらいしか用途がなかったのにやれやれですが。
他の地域での採掘にも中国当局が中国人を送り込み国を挙げての事業。
これからどんどん必要になるとも言われているのですが、
中国は来年は日本には今年の3割減
アメリカヨーロッパには来年は輸出しない事を発表していて動向が気になります。
世界で中国の占める部分が大きくなってきていてどの国ももはや中国を無視できないですね。
そんな国に同じ土の仲間でも希少金属以上の価値のあるキリスト者がいることは大きな喜びです。
それは地の宝でなく、天のもの、次世代の資源ではなく永遠の朽ちないものになります。
尖閣諸島の問題や反日運動などを見るとなんだか中国に対するもやもやが出てきそうになる。
ただどの国でもそうなのですが、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」にならず政府が問題なのは日本も同じで今日も現場に突然中国人が来て話をしていましたし、別件でベトナム人が私を訪ねて家に来たのですが一人一人会って話をすると国民性は感じても問題は感じてません。
北朝鮮や韓国の日本進出も似た感じ、隣人を愛するって難しいですからこそ神に任せて自分は引っ込む事でしょうか。
どうぞ何も無い者を有る者のように扱い呼び出される方が空しい者を豊に装ってくださいますように。
あー、今日もいい日だ。

2010年10月23日土曜日

なんでこんなとこに





   ふと見たら

     あれ、






夕飯にカボチャの
  フライを作ろうと思って
     取りに行ったら

       ぬぬー

   
   


      上の写真は娘で、下のは主人らしい
          二人とも深い意味はないと思われる。
          うーん、なんか
              
            似てる。


    

2010年10月22日金曜日

あることないこと

今朝は別段書くことがない。
絞り出すなら出てくるだろうがそれはしたくない。
前に、書くことが無くなった時が楽しみなどと傲慢な事を言ったことがある。
なんの事はない。そこには何もないわけだ。
もともとそんな人間なのだから当たり前なのだが再確認。
何もないって悪くない。
物に溢れ、時間に追われている現代にあって、ガランとした部屋は新鮮だ。
そこは主をお迎えするのに良いと思う。
彼は常に「ある」のだから。
それでも彼の父は「一人でいるのは良くない」と彼に相応しい花嫁を造ることになる。
結婚生活は独身の時代より複雑だ。でもそれ以上に価値があると思う。
なぜなら全てをもっていた神さえもそう思ったのだから。

2010年10月21日木曜日

父子

久々に息子と仕事をした。
途中、バイク屋のノブさんが来て息子が床を貼っているのを見て「家、自分で作れるなー。」と声をかけて「俺も親父からは何でも教わったもんなー。」と 言っていた。
ノブさんは、標高2084メートルのヒュッテに育ち小学校に行くために冬は道無き雪上を4時間以上かけて通った。
吹雪の日は雪の中で夜を過ごす術を教えてもらい家に帰るのが次の日になることもあったという。背中に背負っていた御握りが凍ってしまいそれ以後冬は御握りは腹で暖めて持ち歩くのだと知ったという。
既に小学生の時にスノーモービルで送迎したり山岳ガイドをするほど生き方を両親に教わった。

子は親に似るだけでなく、親は子に全てを与えないといけないのだと思う。
私が好きなこと楽しいこと出来ること大切な事は子が嫌がらないなら全てアブラハムがイサクに与えたようにすることが望ましい。
創世記24章36節に「主人はこの子に自分の全財産を譲っておられます。」
それは財産だけでなく羊の飼い方、井戸のほり方、知恵や知識何より神の約束でした。
子を見れば親がわかるのはイサクとアブラハムの関係だけでなく
イエスキリストと父なる神の事でもある。
イエスが父と同じように働いたように、息子が一日働いた仕事を見るとき私が一日働いたのと同じ仕事がそこにあった。私が彼にあげれるものが無くなる事ほど素晴らしいことはない。

2010年10月20日水曜日

カステーラ










主人はカステラが好き
なので時々スパーの安~いカステラをかったりしてましたが、
何とか作れないかなぁと思っていた頃知り合いの方から
手作りのカステラを頂きやっぱりカステラも手作りしてる人がいると感激、見た目も食べてみてもカステラの味!!そうそうレシピを教えていただいて、その頃は鶏を飼っていたので新鮮な卵で作りました。
卵はよくて味はそれっぽいけど焼き具合が今ひとつだったりして苦戦してたカステラでした。鶏もいなくなり新鮮な卵もないので、しばらくカステラは作ってなかったのですが
先日主人の要望により、作ってみたら焼き具合もいい感じになり好評。
デパ地下で売ってる様な上等なカステラででないけど
スパーの格安カステラよりは
手間暇かけた分手作りのカステラいいと思う。

2010年10月19日火曜日

名前2

先日、初対面の25歳ほどの畳職人と会ったとき
彼は私のことを「お父さん」と呼んだ。
「あっお父さん、はじめまして。」「お父さんよろしくお願いします。」
1対1の時にその呼ばれ方されたことはなかったので少し不思議な感じもしたが、考えてみれば彼より年上の子供もいるのだから彼なりの表現なのだろうと納得した。
私もそんな年になったわけだ。遠くないうちに「お爺さん」と呼ばれるときも来るのだろう。そんなこともあり、呼び方って不思議だと思った。
結婚する二人に良く話すことは、「お互い名前で呼び合って頂けたら、、」ということ。
「おい」とか「なあ」「ちょっと」などは論外だが子供が出来ると「お父さん」とか「ママ~」とかなってしまいがち。
個人的に立場や職歴で呼ぶことも呼ばれる事も好きではない。
「先生」と呼ばれて「私は先生ではありません。」と言ってきたし、
勤め人時代も「社長」ではなく「◎○さん」と名字か下の名前で呼んでいた。(但し取引などの場では礼儀上社長)
その影響か私の子供達は兄弟同士で「姉ちゃん」とか「兄さん」と呼び合う事を聞いたことがない。だから「お姉ちゃんなんだからしっかりして。」などの言い方もしたことはない。家も持ち家になって初めて「家に帰るか。」と言うようになったが、借家時代は、「草笛にかえるか?」とか次女もまだ小さいとき「ねえ、カトウさんちかえろう。」と言っていた。(初めての借家に看板があって草笛と有ったことと、次の借家の持ち主が加藤さんだった)
神は私の髪1本1本に名前を付けてそれを数えられている。と書いてある。
これは額の生え際の毛と耳に被っている毛とは違うと認識しているだけではなく頭頂部の頂の一本とその横にわずか後方にずれている一本との違いを知っていると
いう事何ともすごい方だ。そして私を名前で呼び出すとも書いてある。
神にも名前がある。
だから「神さま」とかの使い方は私の嫌いな立場や職歴で呼ぶことになるがその使い方をするには理由がある。私は長い間神の名前を知らなかったからだ。
今は教えてもらって知ってはいるが私の父を名前で呼んだことがあまりないように習慣が少し残っているからそんな呼びかけもまだする。
どうゆう呼び方をするか、より同様な気持ちで呼びかけるかが大切だとは思う。
でもせっかく名前があるし、それを知っているならやはり出来るだけ名前で呼ぶ事にしている。知らないコンビニの店員さんでも名札を見て「◎○さんこれ暖めてください」とお願いする。
ちょっと驚かれる方もいるが大抵は後でにっこりスマイルをもらえる。

2010年10月18日月曜日

名前

全てのモノには名前がある。
名前がないとそれを人は呼んだり分かち合ったり出来ない。

国語の時間で好きになれなかったのは動詞や形容詞などの文法でした。
ただしりとりなどでは名詞しか使えないなどのルールは小さいときから知っていたので私が好きであろうと嫌いであろうと事実存在するのだとは認めていた。
名前として使われる言葉を名詞 と定義されていてその中でも人の名前なのは固有名詞となる。(自分で今こんな事書いていて何故学校では、、、と不思議だが)

ちょっと不思議な感じもするが名前のないモノはその存在を認識できない。
だから小さい小さい新種のウィルスや遠く遠くにある新星にさえ見つけたらまずすることは命名です。
人はまず何かに名をつけてそれをちゃんと把握してそれとこれとは違うんだと知る。
名前を覚えることは知識であるがそれ自体に価値はない。
ただ名前を覚えることで、大きな鳥が飛んでいるとしか思えないことや白い花が咲いているとしか言えなかったものが、「コンドルが飛んでいく」や「エーデルワイスが咲いている」と言えることそしてそれを聞くことで世界が広がらないだろうか。
名前は元々あるものでは無い。それを使う人のとの関係の中で与えられるモノ

例えば日本では青魚の名前を沢山知っている。鰯,秋刀魚、鯖、鰺、鮪、鰺などは英語ではそんなに使うことが無い、使ってみても英語が母国語の人でもそんなに知らないから意味がない。私の生まれた地方では更に細かく名前を使い分けている。
長野のスーパーで鰯を見た父が「これはドンボイワシだから真鰯でないと」と言っていた。
氷見の回転寿司では「ブリ一皿」と注文しても3週類のブリの名があった。ちなみにイカは7種類ありその地方ではそれだけ身近なモノとしての位置関係が見える。
神様も人に似ていて?名前をつけて認識してくれる。

わたしが主であり、あなたの名を呼ぶ者、イスラエルの神であることをあなたが知るためだ。
わたしのしもべヤコブ、わたしが選んだイスラエルのために、わたしはあなたをあなたの名で呼ぶ。あなたはわたしを知らないが、わたしはあなたに肩書を与える。

自分では知っているつもりの人から「私はあなたを全然知らない」と言われる事は悲しいこと。ましてや全能者からそれを言われるなら、、、。
名前、それは素晴らしい。
写真のドライフラワーになった白い花はキク科のヤマハハコでした。確認しました。まちがいありません。それを私は認識できるようになったことが何だか嬉しい。エシュコルさん サンキュー!

2010年10月17日日曜日

頂き物

以前丸太を持ってきてもらったおじいちゃんから頂いた餅米の新米でお萩を作ってくれた。
戸隠のお米は気候の関係でどうしても旨みが足りない感じだったのだが、今年は暑い夏のお陰で美味しい出来です。
ここに住むようになって時々頂き物に預かるようになったが、基本的にガレージの前にただ置いてあっていつ誰が置いてくれたのかわからない。
まさか「これを置いてくださったのはあなたですか?」と、聞けないので、結果「この前はありがとうございました。」と挨拶する事が出来ない。
でもそれが良いと思っている。初めは誰だろうと思っていたが、今ではあまり詮索しないでありがたく頂いている。
そんな借り貸しの無い関係が心地よい。
全ての感謝は父なる方に登っていく、私が下さった方に感謝して頂くとき私は何も出来なくとも神はきっと私に下さった方に良くして下さるだろう。
神は全てをご存じなのだから何でもその方に任せておけば間違いないのだ。

2010年10月16日土曜日

石灯籠

中古住宅の中庭にあった石灯籠
「出来ればないほうがいい。」というオーナーさんの希望でダメ元でヤフオクに夕食後出すと朝落札されていた。「趣味で集めている」という彼はシロートなので少し運ぶ準備をしたみたが、さすが石は侮れない。
私の身長ほどで5分割なのだが、一つのパーツでもそうとう重い男性2人で持てるかどうか、土台は250kgまでのベルトが切れたから350kgほどあるだろう。本当に彼の軽に積めるのか?
聖書の中で人の心が色んな物に例えられている。良く耕された地にくらべ踏みしめられた地は恵の雨もほとんど流してしまう。それでも石の心よりは良い、水を通さない軽くない耕せない。
重くて動かしづらい石灯籠を扱っていたら岩なる方の苦労が少し身にしみた。
色んなまとわりつくものや重荷を置いて上に登りたいものだ。
やっぱり私もこんなのは、いらないな。

2010年10月15日金曜日

今日は今日で

この15年ほど車のタイヤを新品にしたことは無かった。
いつも解体屋で探したりある時は谷に不法投棄していたものを谷底から引き上げて使わせてもらっていた。
次女が車を買ったので思い切って今年は新品のスタッドレスタイヤを買うことにした。
東京宇佐美が一番安いので、そちらに。
新品だが去年の在庫品で4本で12800円お気に入りのブリジストンだったので2セット買ってみた。
車は今、家に5台ある、ここはスタッドレスが必需品なので、履き代え用のタイヤホイールが28本積まれてある。
ちなみに9月の15日から私のハイエースはスタッドレスにかえた。
グッドイヤーのスタッドレスはここの冬には使えないからだ。
お陰で奈良にはその唸り音をBGMに高速を走らせた。
それでも十分行って来れる。私のエコとはそんなものだ。
まだ使えるモノをわざわざ少し経費節減になるからと新しくすることは無い。
物は、目的があって作られたものだから最後まで使い切ってやりたいと思う。
普通の年だと、戸隠では来月には初雪が降る。
またあの白銀の世界がやってくる。
冬には冬の楽しみがあるので、今日は今を楽しみたい。
仕事場では今ミョウガの花が咲いている。まるでランみたいに綺麗だ。

2010年10月14日木曜日

森野旧薬園

奈良に行ったときに連れて行って頂いた森野吉野葛本舗
この建物の裏に森野旧薬園があり250種の薬草や観賞用植物が生育しているとのこと
パンフレットに書いてある薬草は154種
人間の身体の痛みや症状を和らげるのに薬として用いられる薬草。
あまり見かけない植物もあったけれど身近な植物もあり
裏庭というか裏山を歩きながら神様の作られたものの意味深さを感じられました。

そう言えば私が結婚して間もないころ、ゴボウが沢山収穫され農家でみな忙しいので家にいる私は、このごぼうのささがきを頼まれ、朝から沢山のごぼうのささがきと格闘地道な作業は好きな私でしたがさすがに嫌気がさしてきたころ、ばぁちゃんが手伝いはじめてくれて、「あー良かった」と気をぬいた時に自分の指をささがきしてしまたったのです。
「あっ」といってる間に当時80歳程のばぁちゃんは、さっさっと動きなんだと思っている間に外からよもぎをもみながらやってきて私の血止めをよもぎでしてくれたのです。そのすばやさと生まれて初めてのよもぎの止血が忘れられません。
家の周りにも食べれる雑草がある事もわかったけど薬草もあるのだなぁと興味深く思いました。

森野吉野葛本舗で作られている葛湯なのですが
あずき味やコーヒー味、柚味、ショウガ味、桜味、ブランデー味と種類もまだ沢山あるのですがとってもまろやかでとろりと口当たりもよく一度いただいてから大好きになりましてこれからの寒い時期にピッタリ
奈良は昔の風情と自然も残っていて素敵なところでした。

2010年10月13日水曜日

人工と天然 4

人が与える自然への影響はあるがそれでも人も天の影響を受けている。
新月伐採という言葉があります。
月の満ち欠けによって生物はその影響を受けてきました。
潮の満ち干き、人の出産やサンゴの産卵そして木もです。
月が欠ける時期に切ると腐りにくい、カビにくい、狂いにくいといった特性が得られ、色ツヤの良い、丈夫で良質な木材になるといいます。
本当かと思われると思いますが、故郷でもカニを食べる時にも似た話が有るので私には理解しやすいですね。
実際、法隆寺は新月伐採の木で建造されたという言い伝えもあるそうで、昔からあった知恵が失われてしまう所がまた自然に逆らう人間らしいです。
木の変化の理由は多分、木の中のデンプンの量変化がメインだとおもいます。(まだまだわからない変化があるとおもいますが)
例えば季節では11月から3月までは少なく11月が0.52mg/gなのに7月は3.15mg/gの差があります。その様な変化を月の満ち欠けも木に及ぼしていると思ってます。
デンプンが多いと旬の食べ物が旨いようにシロアリやカビにとってもご馳走です。だから伐り旬と言って昔は冬に木は切って来ました。
左は新月前日に伐採した杉、右は満月前日に伐採した杉
杭にして一年半の間打ち込んだ結果、右はシロアリに食べられているが、左は際立った変化がない。
私の考えでは進化は見つける事は出来ないのですが、退化はそうではないかもしれない。
エアコン、自動車、武器など人が考え出した沢山のモノは人を強くしたのではなく弱くしたと思っている。

神は、「光る物は天の大空にあって、昼と夜とを区別せよ。しるしのため、季節のため、日のため、年のために、役立て。

するとそのようになった。と書かれてあるエコという旗印のもとソーラー発電で太陽光利用が注目されているが見た目には地味な月も神は役立てる為に造られた。

2010年10月12日火曜日

人工と天然 3

ちなみにお笑いにも天然とそうでないものがあります。計算された笑いには芸としての技術は感じますが、天然にはそれを越える事がある。ただ常に供給できないという天然乾燥材と同じようなデメリットがあります。
以前「もちろん家内は非常に真面目な天然であります。」

と書いた所、妻が「私は天然なの?天然ってどうゆうこと?」と聞いてくるので困ったときのウッキペディアにはこうある。

天然ボケ(てんねんボケ)とは、外面的な性格の類型のひとつ。
漫才におけるボケは、笑いとツッコミを誘うために計算されてわざと行われるが、このような「ボケ」的な行動を無自覚に行うとされる性格類型を指す。若者の間では単に「天然」とも言う。
ビビる大木のオールナイトニッポン最終回にて、1980年代、「ジミー大西のボケが意図的なものであればチャップリン以来の天才喜劇役者だ」と期待した萩本欽一が、大西と個室で2人きりで話をした後に部屋から出てがっかりしながら言った「天然だったね…」という一言が由来であると、ゲストで来訪した明石家さんまが発言している。

どちらが幸せかはわからないがジミー大西さんの絵は私には描けないと思う。
かつて岡本太郎はジミーにこう言ったそうだ。
「君の絵はすばらしい! 枠にとらわれず、はみ出すように描きなさい。」
なかなか枠からはみ出す事は狙って出来る物ではない。人工的なものはどこか無理があったり嘘臭いと感じるのは私だけだろうか。赤ちゃんや犬、猫やうさぎの可笑しさは天然だから飽きないですね。ちなみに10月10日のブログの豆腐事件でのやり取りでは、家内が「私はそんなこと言ってないよ」と言ってます。ハハハー

2010年10月11日月曜日

人工と天然 2

大工もそれなりにやっていると少しは見えてくる事もある。
材料としての木を見たとき、生と人工乾燥した材と天然乾燥の材がある。
外国からのコンテナを初めは扱っていたのでGはグリーンつまり生木、KDはキオンドライ人工乾燥SDはサンドライ天然乾燥だとハンコですぐわかる。国内物はハンコが無いが
一言でいうなら重いのは生、見た目が良いのが人工で表面にヒビ等が入っていたりするのが天然です。
また香りや艶も差があります。人工材は自然の木の香りがあまりなく少し焦げ臭いです。香りが木の守りになっているのでシロアリやカビの被害は人工乾燥の物のほうが大きいです。
また天然に比べノミなどの切れが悪いです。これは木がバサバサになっているからだと言われてます。
大手のメーカーはクレームが恐いので見えるところはもちろん見えない所でも短時間で仕上げるために人工乾燥材を用いる事が多いと聞きます。柱や梁に大きな割れなどがあると多くの人が、ましてや大きな金額を投入して一生に一度という家を建てる本人などは木だけに気になると思います。
天然乾燥は時間をかけて外からゆっくり乾いていくので表面に割れが出来ますが人工乾燥は高い熱を加えて周りを先に固めるので外は割れることが出来ず内部割れをおこします。接合実験では人工乾燥材はとても脆い壊れ方になるそうです。
人でも問題が外側に現れているのはわかりやすいが、内側は一見わからないので自殺などで「あんないい人が何故」となったりする。
聖書の中にもイエスの元に進んで来た人たちは問題が外にあらわになっているケースが多い事は偶然ではない。
弱さやダメさをあえて見せようとは言わないが外面だけいいのはやはり人工的に作り上げたモノになる。
自然に振る舞いたいものです。

2010年10月10日日曜日

人工と天然 1

人生長くやっているうちにずいぶんと価値観が変わったりします。
食品を買うときに裏を見て買うようになったり、表示のない肉や野菜も「何故この値段なのだ」と裏事情を考えたりします。今や肥満大国になりつつある日本なのでダイエットの番組を良く見かけますが、その中で太った人のキーワード「鳥の唐揚げ」が良く出てきます。もちろん鶏の胸肉はメッチャ安いですし(いつも100g28円程)油であげるからカロリーも倍増ですが、ブロイラーの場合、全国平均値は生まれて50.8日ですので何か太らせるものが入っているのでないかと(食べ出すと止まらない何か)勘ぐりたくなります。
以前は豆腐なども「28円のも遺伝子組み替えでもないし中国産も悪い訳でもないよ。」などと言ってましたが、「ハァ~あんたハーレー買う程の人がなにケチ臭い事言ってんの!アホくさ~」の一言で「ちょっと待ってよ、日頃の爪に火を灯す様な生活してるからあんなのも買えるようになったげぞ」と言いたいが既成事実の前には「そうやな、ハーレーに比べたらトーフなんて安いものやなーハハハー」が合い言葉に、、、。

2010年10月9日土曜日

カブ

株はやりませんが、カブはやってます。
写真はハンターカブオーストラリア仕様になります。羊飼い達が使うための足で副変速機が付いるので人が歩くよりゆっくりでも走れます。
畑道やあぜ道が最も似合うバイクの一つで、エンジンの音は郵便配達でおなじみのホローーーーという感じでこれに乗っていると平和な気持ちになります。
全く気負うことなく楽しめる。一家に一台カブがあると日本はもっと良い国になるんじゃないかと思うほど、威圧的では無いがちゃんと自分を持っている。
ホンダがここまで、成長したのもカブによる所が大きい。
戦後タケノコのように沢山のメーカーがバイクを作り出した。
オリンパスやダンロップ、三共薬局などあって面白いバイクがありました。(個人的にはライラックが好きです。)
当時まだ決して企業として大きく無かった、ホンダは戦略として全国の中学校に一台づつカブを贈呈するという宣伝で一気に販売を伸ばした。当時はそのカブを中学生が校庭などで放課後乗り回して、先生が「ケガするなよ」といった、のどかな時代だったらしい。
ホロッ、ホロッという小さな息をするような アイドリングは、ほっとさせてくれる。

2010年10月8日金曜日

鶏肉のトマトソース煮込み

この料理は簡単でむね肉を使いますが、牛乳に漬けてから薄力粉に塩コショウ、後はバジルとかオレガノなどを混ぜて、それに鶏肉につけてオリーブオイルをフライパンにひき
こんがり色になったら玉ねぎのスライスを加えて、トマト缶をいれコンソメを入れ塩、コショウ、あればローリエを1枚、加えて煮込みます。最後にとろりとしてきたら味を調えて出来上がり~きび砂糖を最後にちょっこ加えると酸味をおさえてまろやかになります。むね肉だけどぱさぱさ感がなくて柔らかくなります。

この残った鶏肉のトマトソース煮込みは、スパゲティーにしてトマトケチャップを少し加えるともおいしいし、ご飯に牛乳をいれて煮込み、コンソメを少々、そこに鶏肉のトマトソース煮込みを加えて塩で味を調えて、最後にチーズをのせ蓋をしてチーズがとろけたらリゾット風になっておいしいのです。いつも多めに作ります。

レディーはもうばぁさんです。通称レイも欲しいよね~

2010年10月7日木曜日

サザエ飯


海沿いに嫁いだ(実家も波の音が聞こえる程の場所だが)姉が取ってきたサザエ、いつもは味噌で和えるか、壺焼きですが、金沢の姉が「サザエ飯、美味しいよ。全然臭くない。」と言っていたので家内がそれにしてくれて食べたら本当に磯臭くも生臭くも魚臭くもなく香ばしいおいしさ比べちゃ悪いが松茸にも負けないなと美味しく頂きました。ごちそうさま。

2010年10月6日水曜日

金木犀

現場の中庭でキンモクセイが良い香りを漂わせてくれている。
日本にはほぼ沢山の花が付きやすい雄株だけなので実は私も見たことがないですが、
ウスギモクセイはちゃんと実が付きますしヒイラギも近いです。
花の色は色はキンモクセイ→ウスギモクセイ→ギンモクセイ→ヒイラギと白くなっていくように感じますが、どれも良い香りがします。この香りは虫には不快な臭いらしくて蝶もさけるし人にこの匂いを付けると蚊に全く刺されないという実験結果もあります。ただアブだけは別ですのでブユは多分無理!
漢字で桂花と書くので中国の桂林は木犀の林が多いことから命名された様です。ちょっと興味深いのは英語ではフレグランス オリーブと言うからオリーブの仲間、ということはその実を搾ると薫り高い油が採れるということ、確かに実も似ている。
今日は久々にうんちく系な話になってしまっているが、、、。
油搾りという丘でのイエスの祈りは、父なる神の前にこれらの花のように気高い香りだったのかなと思ったりします。
でもオリーブの花の香り嗅いだことないなー。こんど小豆島行ってみるか。

2010年10月5日火曜日

何年かぶりに、家の水の検査に行ってきました。
本当は毎年すると良いのですが結構高い(以前6000円→今9000円)
最近は農薬や除草剤、化学物質などで使えなくなる井戸も多いと聞く。
人が楽で便利と思う事が、結局自分にかえってくる。
結果は「飲料水として水質基準に適合する」をいただき、一安心
以前も担当から驚かれるほど良い水と評価を頂いたが今回はその中でもベストでした。
色や味、臭い等があるものは論外だがほとんどは一般細菌で落ちる。
コップ1杯に100以上の細菌がいるとその水は腐葉土などの割と浅い所を流れている指針となる。ピロリ菌なども水道管の内側のヌルヌルなどに住んでいる時もありそれを飲んで体内に入ることもあるそうです。ただ基本大人はキャリアーにならないそうです。また大腸菌などの有害なモノは1匹でもいるとアウトなのだが、身体に害を与えない菌ならいても悪くなさそうだが、異物が混入しやすい場所と考えられおそらく季節での変動も大きく不安要素が飲料水としては多すぎなのだろう。ちなみに知人は300以上あったが彼は飲んでいた(奥さんは飲まない)。まあ彼は小さいときから河の水を飲んで育ったそうだから、一般人は涌かして飲んだ方が賢明と思う。
今回は0でした。以前8とか5などでしたが、使っているうちにどんどん綺麗になっている様です。これもまた真理、これからも美味しい水が頂けることに感謝です。

2010年10月4日月曜日

またアケビですが

好物のアケビがたわわに実ると秋もたけなわという、感じがします。
図鑑で見ると三つ葉と五つ葉程度だが、細かく見るとかなり種類はあると思う。白いの茶色の少し赤いの代表的な紫色の、それぞれ味も甘みも違う熟する時期や皮の厚さなど面白い。
味は茶色系が一番甘くて好きだ、青白いのは渋みがあくまで残ってしまう。ツル系の植物は大体が暖かい地方のもので故郷では30cmというサイズもあった。大体大きいモノはうまい。ただ木にぶら下がっている特に紫色のアケビを見るとき何とも言えない気持ちになる。何としてもそれを手に入れてみたくなる。それが欲しくなる。急いでいても立ち止まりしげしげと見て取らずにいられなくなる。
今日もちらっとカブで買い物かごを持って行ったら、
一杯採れてガリラヤ湖の大漁時の網のごとく壊れそうでした。
人でなく神に紫の衣を着せてもらった彼らはなんだか楽しそうだ。

2010年10月3日日曜日

シロアリさんからお手紙

新しく始まった現場の取り壊しで色々の世界不思議発見
シロアリさんたら、考えずに食べた、ようであちこちで彼らの食べ後を見つけた。ナスカの地上絵の様な痕跡、彼らなりのダイイングメッセージなのだろうか。
がんばってみたものの結局は大成せず、途中で企業倒産、現場放棄または現地解散となったようだ。
本によるとシロアリが羽アリとなって開拓に励んでも99.9%が死んでしまい巣を営む事が出来るのはほんのわずかなのだと。シロアリは目が見えないので結構行き当たりばったりです。人間でも身体に良くないとわかっていても食感のいいスナックを食べると止まらなくなるときもありますが、彼らは理性とか分別がないのでポリウレタンやガラス繊維の断熱、毒の入ったヒ素やACQ材まで食べてしまいます。そして死んでいきます。すぐ横にエサである木材があるのに、、。そんな彼らは動物愛護団体でさえ守ってくれません。だから彼らは自分で自分を守るために外気にさらされるのをすごく嫌います。とても栄養価が高い(牛肉より栄養価が高い)ので他の生き物のエサにならない為の行動かも知れませんが、蟻道というトンネルを作ります。普通の蟻も作りますが、吹けば飛ぶような指で簡単に壊せます。かたやシロアリは遙かに強靱なトンネルを作ります。彼らは蟻のように俊敏でもなく毒や武器も無くただのろのろしているので強固な砦だけが彼らの守りです。ウンチで成型するらしいのですが、リグニンという強力な接着剤(これはもともと木材の中で繊維と繊維をくっつけている成分なので、木の強度があります。)で外国のシロアリの巣ではダイナマイトで壊さないとならないものもあるそうです。シロアリが生態系に与える恩恵は非常に大きく鳥の子育て、カエルやトカゲの成長や枯れた植物の分解清掃して土に返す働きなど人も彼らに支えられている所も有ります。シロアリの住んでいる土は健康な証拠。女王だけでなく王もいる自分を犠牲にして仲間を守る非常に社会性のある彼らと共に生きる家造りを考えてもいい時期だと思うのです.

2010年10月2日土曜日

サルサ作り


家族はタコスの時サルサを食べるのが好きなので、市販のを使っていましたが
トマトを沢山頂いたときがあって、市販の裏の表示に使ってあるものをみて
自前で作ってみたら好評
今年は、飯縄の野菜直売場でかったトマトと辛いコショウ、
主人の実家の玉ねぎ後は、酢やバジル、オレガノ、コショウ、塩など適当に入れて
使って作りました。
保存料は入ってないから、瓶の蓋を開けたら早めに食べないとダメだけどオムレツにもよし、息子はパンにのせて食べたらおいしいと言ってました。味噌や漬物、梅干、ジャムやトマトソースなど保存食ってすごいなぁ