2010年5月8日土曜日

ムベ



個人的な思いをつづることがブログなら今日はそんな話です。

私はアケビが好きです。

図鑑には三つ葉アケビと5つ葉アケビがあるが、私の中では沢山のタイプに分けられていて、その紫色の高貴な色と味は私を虜にする。
もし、これが食べてはいけない実だと言われてもかなりの誘惑になるだろう。

今回田植えに行った時アケビの花が満開だった。
雌しべに粘りけのあるその花は鼻にくっつけてよく遊んだ。
種類によって花も違う、今回は”おんび”と呼ぶ一般では”ムベ”とも”トキワアケビ”とも呼ばれているアケビ科ムベ属の花も見た。葉は7枚のタイプです。
”ムベ”はお気軽に道ばたなどで見ない。
成長しないと実をつけないからか神社の大木や深い森や断崖に多いので実は食べるが、花を見た覚えはなかった。
味も少し違うし、真ん中から裂ける事もしない”ムベ”だが、これも絶品である。
色も何とも言えない赤褐色の宝石の様に私には見える”ムベ”はやはり私のお気に入りです。
アケビと同じく雄花と雌花があり形が多様でしかも可憐ですね。

私はいつも”ムベ”の実を見てきただけだが、神は種の時から、花を付ける前でも、ツルを延ばし葉を茂らせる時も、一羽の雀や、野の一輪の花と同様に、いつも心にかけている。

私は今度、稲刈りに行く時にまた”ムベ”を見ることになるだろう、
それまでは私が知らないだけで、神は休まれることなくずっと働いてこられ、これからも働かれる。
いつか私が、実った”ムベ”やアケビを見上げて喜ぶ姿を見て神も喜ばれるだろう。
私が長野にいるので、その日々の成長を味わうという楽しみは目で確認出来ないが、
主はいつもあの木のこずえで美しい花を咲かせている”ムベ”と共にいてくださり、必ず宝石の様な実を付けさせてくださる。

私は”ムベ”も大好きです。
実りの頃また見れる日が楽しみです。

2010年5月7日金曜日

赤土


実家で田植えの手伝いに行ってきた。農家の朝は早い、朝食を終え、田んぼに立って時計を見ると6時10分だった。
まあ、私の父が早すぎるのだが、、、
帰郷して、いつも感じる事は、実家はもう 私の家ではないのだということ。
父は「お前の家」と言うが、私の帰るべき家は今、戸隠の家なのだ。

実に家はいいです。旅行も好きですが、最後の頃になると自分のベッドで寝る事が何より楽しみになってくる。
どんなに高級なホテルに泊まっても、我が家が一番なのだ。

それでも自分の生まれた所は実に味わい深い懐かしさがある。
塩を乗せた風や、強い日差し、夏を感じる草の萌える勢い、そして何より土の香りである。
日に焼かれた赤土から立ち上るにおいには蜘蛛の巣でとる蝉やクワガタをつかまえるために登ったケヤキの木、青緑色の海で魚やタコを捕った思い出と共にある。

戸隠は黒土で木も落葉するので腐葉土も多い。
能登は大体、赤土である。(一部は珪藻土とサンドもある)
アダムの語源になったアダマとは赤土の事で、私の生まれ育った地方の畑を見ていたらいくつか思い当たる所があった。

母などは戸隠の土をみて「くろぼこ」と呼んでうらやましがるが、決して黒土が優れている訳ではない。
ただ赤土の習性で水を含んでいると岩のように硬くなり、雨上がりなどに耕してしまうと、その年は最後までごろごろの扱いにくい土となる。
黒土は固まる事がないのでいつも耕しやすく 踏まれても収穫時簡単に引き抜けるお手軽さはある。
赤土自体は栄養分が無く肥料を与え続け無いと植えたものは良いものになりにくいのに対し黒土は有機物分と肥料分に富んでいます。
と、ここまでなら母の言葉も分かるのですが。まず、新しい命を育てる時、特に挿し木などは赤土でないと栄養価の高い他の土は雑菌も多くうまく育たない。
また赤土は簡単に固まるので珠洲焼きなどにも使えますし、適度に玉にすることで通気性が良くなるメリットも併せ持ちます。
神様が人を造るときたまたま赤土を、で無く、選んでその土から造られたはず。
形にしやすく霊を入れる器にもなること、命を始めるに良いが、その命が成長するには土からでなく誰かが常に命の養分をもらい続ける必要があること。固まりすぎると手に負えなくなるが、サツマイモや葡萄はそんな痩せた土地の方が葉を茂らせることよりまず根を張のばす事で、結果最後には良い味になる事など。赤土ばかりの能登は2重の意味でも私のふるさとなわけです。

2010年5月5日水曜日

つづき

家内と私は他人だ。
家内と私は考え方が違う。
家内と私は性格も違う。
ただ、家内と一緒にいて何故か飽きない。

結婚とはカルチャーとの出会いだ。
例えば私の実家では、全て畑で取れる物はおかずだった。
苺、スイカ、リンゴ、メロン、バナナ(これは買うが)は全て一口サイズで醤油をかけてご飯と食べていた。19で嫁に来た家内は「あり得ない」とか「あなたの家おかしくない?」とも言わず、私の母の味を今でも全て忠実に再現してくれる。
ありがたいことだ。

結婚が与えてくれるものは沢山ある。
私は駐車場はスーパーだと出来るだけ入り口に近いところにとめたがるが、家内はむしろ遠くにとめて歩いて行くことを望む。
前に30kmで走っている車がいると悪態をつく私に「前の人は私と同じ人なのそう思うとイライラしないでしょ」と言われ渋々とそれを受け入れる。誠にぃぃありがたいことだ。

学校でいじめにあってどうしても辛いなら行かなければいい。
職場で合わない人がいるなら、仕事を変えればいい。
友達関係でうまくいかないなら連絡もしないでいればいい。
でも、夫婦は「合わないのでじゃあ」とはいかない。
だからこそ、価値があると思う。

それで心の狭いこんな私も家内といる事で、仕方が無く家内までくらいは受け入れるしかなくなる。家内と過ごすことは毎日が心のストレッチかリハビリである。
結果、ほとんどの方々を「人はそんなものだ」と受け入れる事が出来るかなり心の広い人間に思われる事もある。実にありがたいことだ。

1000人以上の花嫁を見てきた、お世辞ではなくどの方も綺麗だ。
ただ一目見た時に吹き出した花嫁姿は家内だけで、今でもそのことでいじめられるて困るのだが、それも決して嫌いではない。
結婚とは不思議なものだ。
非常にありがたいことである。

2010年5月4日火曜日

結婚記念日

人生にはさまざまな祝いの日がある。
誕生、命名、100ヶ日、七五三、入学、卒業、成人、長寿、信仰者には葬式も誕生に優る祝いの日。
沢山の人生の節目となる日の中でも
結婚の祝い以上の日は無いと思う。
それは、当人だけではなく、周りの関係する人たちにとっても実に喜ばしい日だ。

式を挙げるか又はどんな形で執り行うかは関係ない。
結婚をするということが、素晴らしいことだと思う。
ある時、「あなた方は結婚して何年になりますか」と聞かれた20年になりますと答えると
「では、あなた達はまだ、本当の素晴らしいところは味わっていないわけですね」とおっしゃられた。
昨日で式をあげてから27年たった。確かにそう思う。
結婚した頃は本当にまだ”ガキ”でただ一緒にいたかっただけ、恋愛の続きのようだった。
すぐ長女がうまれ子育てが始まる。当たり前だが子供のおかげで親にさせてもらった。
子供が成長し大人になって気がついたことは、子育てに一生懸命であまりお互いを見る余裕がなかった事。

友人にあずけて2人だけの時間を持ったこともしたが、子供が小さいうちは、落ち着かない感じでそうそうに戻ってきてしまう。子育てはそれくらい大きな仕事だと思う。

旧態然とした能登では結婚は家と家の式となる。
私の母が「お宅の娘さんを頂けなければ、家の息子は死んでしまいます。」と言ったことを後で聞いて恥ずかしくも懐かしく思う。
あれだけ好きだったのに、あのころは何にも知らないでいたんだなと振り返る。
今でも、「この人、こんな所あるんだ」新しい発見があり新鮮だ。
相手を知ることで、より広く深く相手のことが好きになる。

人生には3つの大きな出来事があるといわれる。
生まれること、死ぬこと、そして結婚をするということ。
3つの中で自分で選ぶことの出来る事は結婚だけです。
もし、そんな巡りあわせに出会えたなら結婚するということもお勧めする。
結婚は独身の頃より複雑ですが、それ以上の価値があります。

2010年5月3日月曜日

香り2

植物が殺すと言うと何だか不思議な気もしますが、それは事実です。

ィキペディアでは

1930年ごろロシアのボリス・トーキンが、植物を傷つけるとその周囲にいる細菌などが死ぬ現象を発見した。とある。
まあ、ニュートンが万有引力を発見したのと同じでそれ以前から知られその後も変わっちゃいない。
彼らの見習う所は神の造った事に目をとめたって事でしょうか。

日本人も古来からこの作用を使ってきた民族で、ワサビ、ガリやサワラの弁当箱やさくら、笹に巻くと細菌の繁殖を押さえ、食べ物が長持ちすることを知っていたと日本人の私は思いたい。

ヒバの家には何年も蚊も入らないと言われ、桐のタンス、クスノキ(しょうのうの材料)で作ったモノは着物を守る事など先人達はすごいです。
動けない植物にとって香りは自分を守る方法の一つで攻撃性もある。
葉をある程度食べられると摂食障害を起こす物質を出す。タラの芽も1番芽は美味いが2番、3番になると不味くなるしもう食べたくなくなるでしょ。
古くから「忌地(いやち)」と読んできた作用も植物の殺す作用で、コーヒーの木やニセアカシアの周りには雑草がほとんど生えないカラマツやヒノキの林に苗木を植えるとその育ちが悪い、どうぞ今度、檜や杉の林行ってみてください下草がほとんど無く虫もほぼいないそこにはその木の香りが広がっていてその香りが森を守っている。

これはその植物が作り出す香りの成分が空中だけではなく、地面に落ちて最後には土にも染みこませてしまうから。
木は毛虫などに襲われると、毛虫が嫌がる成分を葉に蓄えて食べられないようにするが隣の木にも教える。このおしゃべりは『アレロパシー(他感作用)』と呼ばれています。
アロマとか和漢の薬も同じ作用で人に役に立ちます。最近はこの作用を利用した農薬も開発中らしいです。
理屈はわかるが初め「植物が殺す」(原語はギリシャ語とラテン語の造語でフィトンチッド)と聞いた時、良い気持ちがしなかった。
確かに神様が木を守る術を与えたのだが、殺すって、何だか違和感を感じた。
あの清々しく、良い香りが、、殺す。

セイタカアワダチソウ一時すごく増えて問題になりましたが、最近そんなでもないですよね。
私が小学校の時、理科の先生に「帰化植物のこれは今まで日本の草類の頂点に君臨してきたススキも勝てない」そう教わった事を今でも覚えている。修学旅行で関西行ったとき「これがあれか」と一面黄色くなったその背の高い草を覚えている。
だから最近の劣勢は少し疑問に思っていたのだが、自分を守る成分が強すぎて自らが中毒をおこしてしまうから、3年ほどでへってしまう。金沢の千里浜海岸にすごく繁殖していたニセアカシアがある時一気に枯れてしまった事を父が不思議がっていたがなるほどそういう事で連作の駄目な野菜等も同じですね。

私は自分の吐き出す言葉や思いやりの無い態度で自分が嫌になってしまうときがある。自分で自分を変えようとしたときもあったけどうまくいかなかった。
自分の中に実にいやらしい自分がある事は知っていたが、自分はそんな自分は自分が尊敬出来ない。
自分は自己中という中毒症状になっていた。

私の希望は、かつてエデンに1本だけあり、天では川の両岸に群生している「命の木」その香りが私の臭いを消して、古い私を殺してくれる事。
私の中に植えられたその種から伸びた芽が葉や枝を伸ばす。
その木からふりまかれる香りは風に乗ってまわりにも流れていく。
地に落ちた香りはその土に染みこんで食い荒らすものや雑草もはえない。
私はその香りに包まれているとうっとりして穏やかな気持ちになる。
 

2010年5月2日日曜日

香り

父は鼻が良い。部屋の中にチーズやヨーグルトを置いておくと
「なにか、腐ったものがある」と言う。
DNAは父→私→次女と受け継がれているようで、香りの強いものが苦手だ。
小学校の時、臭い付き消しゴムが流行った頃、その臭いに気持ちが悪くなった記憶がある。
香りの強い食品も苦手で、サンショウ、ミョウガ、セロリなど3代そろって駄目だ。
しかし、少しずつ改善されてワサビ、カラシ、最近ではショウガもいけるようになったが、まだ人生で克服したい食べ物が多い。

生きているものには、何かしらの香りがあるものが多い、木が製材されて板になっているとかなり木に詳しい人でも分からない時がある。
だから、世では代替え品という事が承認されている。
例えは桜の無垢材フローリングを買ったとする90%くらいは桜ではなくカバの木だ。
板にしてしまったら分からないし、この世界ではそう定義されているのだ。
黒檀、花梨、ケヤキ、檜、杉、等も原木ならその材だが、製品になると偽物が本物として流通している。
ニセケヤキ、ヒイラギモドキ、イヌツゲ、アスナロなどは、まだ親戚みたいな人が「実は私は皇族なのだ」と言うようなもので許せるが、全く違った種類の外来品をそれを明記もしないで商品として流す、業界のいい加減さには、もう、怒る気(木)にもならない。

木の種類を見分ける一番のポイントはあたりまえだが実を見ることです。
リンゴがなっていれば、リンゴの木だし、葡萄がなっているなら葡萄の木ですから。
ただ世の中の製品として流通している木材に関して、特に塗装などされているときは、かなり難しい。
新品を古く見せたり、白い木をローズウッドの様にみせているものもある。
そんな時、参考になるのは値段や、持ってみて重さ、触ってみて質感でしょうか。

ただ、それはあくまで参考にしかならない。
出来るならノコギリで少しでも切らせてもらうなら、かなりの確率でわかる。
その木には特有の臭いがあるから近い種類の木であっても少し訓練すると見分けることが出来る。

臭いに敏感なこともいいこともある。
ミカンを、箱買いしたとき車の後ろに積んで発進しようとしたら、
娘が「ミカンくさってるよ」と言うのでまた店に行って見せたら交換してくれた。
見えないものを探るとき臭いは役に立つなー。

2010年5月1日土曜日

やか


裏の梅が満開です。
周りはまだ、冬みたいに葉もないですが
梅の後ろには山葵が花を咲かせていて
これも満開です。

連休はいつも家に居ます。たまに友人が来ることはあってもこちらから連休に移動したことはありません。

今朝3階のロフトから撮った写真です。
戸隠連峰も綺麗に見えてました。
少しだけ春霞が感じられます。
人混みのお嫌いな方は、お茶でも飲みにきてください。
(家は散らかってますが、、、)

今朝は空気が停まっているみたいに穏やかです。

1ペテロに
3:4 むしろ、柔和で穏やかな霊という朽ちることのないものを持つ、心の中の隠れた人がらを飾りにしなさい。これこそ、神の御前に価値あるものです。

穏やかという言葉は結構聖書に出てくるイエスの性格の大切なところ
~やかという、言葉は、日本語の私の好きないい方だ。
人を貶める、引き下げる、汚い、駄目にする様な表現がない

晴れやか、淑やか、緩やか、涼やか、にぎやか、など考えれば50以上の~やかがある
葬儀でもしめやかに、おこなわれました。など綺麗ですね。

私もまことしやかにいいますが、まずは“つつましやか”にいきたいです。
これを使うようにすれば、人とのトラブルも減るんだろうとひそやかに忍びやかで無い私はささやかに思っている(ムリあるな)