2010年12月10日金曜日

今朝の風景

家に帰ってきて降り始めた雪が、
朝には世界を白く染めていた。
除雪車の音が少し懐かしい感じだ。
これからは、耳にすることも多くなるだろう。
国際的な日本の立ち位置や政治、軍事、経済などのの動向をみると
実に情けない事も否めないが、
こうして当たり前に家の前の雪をどかしてくれたり
仕事とはいえ病院で働く人々の態度などを見るにつけ
日本って素晴らしい国だなーと思った。
多少の馬鹿馬鹿しさも感じながら日本という国に生まれた私は日本が好きなんだな。

3分がゆ

土曜の朝食べて家を出てから
次食べたのは水曜日
病院食は旨くないと言われたりするが
出された3分がゆは本当に美味かった。
25分程かけてゆっくりと味わう。
元気な時はつい掻き込むような食べ方をしたり
時間に追われるようになんでもエネルギーになるならと思ったりするが
頂けるという事の感謝を忘れないようにしようと本当に思った。

2010年12月9日木曜日

入院

いつもと変わりない週末の朝
全てが順風満帆に思えた。
一つの事を除いては、、。
朝のお通じが普通では無かったのだ。
綺麗な話ではないが初めて見た。
真っ黒だったのだ。
「普通では無い」と午前の用事を終えサンプルを持って
病院に、土曜の午後だったので全くの以上も感じてないのに
最初行った病院と消防署から緊急病院へと案内され
レントゲン、超音波検診、など
文字通り痛くもない腹を探られた。
ただ医師に採取したものを見せると流石に「これは普通ではありません。」
と胃カメラをのむ事になった。
人生初体験である。モニターを見ながらの医師の声
「あるな、動脈も出ている。今にも破れそうだ。」
その声にさすがに不安になる。「動かないで、破れたら腹を切るしかありませんよ。」と胃カメラ越しの手術で緊急入院となった。
食べ物はおろか水さえも飲んではいけないいわゆる「絶食」で車いすでなく台車で緊急病棟に薄皮一枚でとどまっているだけだから今夜破れるかもしれないといわれ寝返りさえはばかる環境になる。
今回最も気になった事は自覚症状が全くなかったことだ。
医師も吐き気や食欲不振、めまいなどあれだけ出血していて、無かったのかと聞いてきたが、
全くどころかお昼の弁当も食べる気で持っていたし、次の日からのスケジュールも自分で詰め込んでいた。
私にとっては急な予定変更で初めての入院、それも緊急病棟でだ。
家内に夜パジャマだけ持ってきてもらい乗ってきた車を持って帰ってもらった。
なぜこのタイミングでこんな事がとも思ったが
実は主からの回答は頂いていた。
私には自覚症状のない問題があり、
それがはっきりされたという事だ。
歯医者に行くのは虫歯が出来たからというよりは直接的には痛みを感じるからだ。
もし痛みや不調が世の中に無かったなら病院という名のつくところはこれほど繁盛せず、日本人の平均寿命も短くなると思う。
本来人は1本の葦の様にたやすく折れ、誕生日のキャンドルを吹き消すほどはかないものだが、健康が続くと「病気の方が俺から逃げていく」などと豪語したりする。
今回の入院に関するすべての事は、神の憐みが半強制的に、私に示されたという
恩寵ともいえるあつかいだった。
思ったより回復が早く腹を開くことが無かったとか、退院できた事が神の憐みだったのではなくそれを示してくださったことが恵みだった。
正直、私は健康や仕事や様々な事に対して「自信」みたいなものを持っていた。
キリスト者の生活の中で失敗も含めた多くの経験が謙遜ではなく自慢にも似た扱いを自分の中に置いていた。
あの時はこのような経験をしたとか、この前は
兄弟姉妹や神とどのような交わりをしたとか、この場合、神の御心がこうであると思っていたりする。神があるときは直接自分に語られたとか、どこそこに行くように命じたなど様々なことを知っているというつもりで過ごしながら自覚症状のないまま問題は進行していた。
そのような私は本当に神の憐みを必要とする状態だった。
旧約で割礼という儀式があるがそれは肉的なものを取り除く事。
肉にある者は神を喜ばせることができません。と聖書にあります。
神は今生きている神であって、過去にこんな働きをしたとか
どこかヒゼキヤの様に神に従ったなどで神に貸しがあるようにどこかで振る舞う傲慢さが気が付かないうちに育っていた。
今日、神に対して自分はどうであるか。
今、私は主を喜ばせているのか。今を神と共に生きるキリスト者にとって、真の命の選択は今であり今日私は神の前にどうなのだろうか、という事。
自分が何をささげたかより、どれ程、悔いて聞き従いへりくだる心で今を生きているかだろう。
神は漢字の通り神は私に示しまた申す神なのだ。感謝な事である。
点滴の跡はまだ残っているが、得たものはあっても失ったものは何もないのだ。

退院

今朝退院、家に帰れるって素敵な事だ。
昨日寝る前、これで明日は自分のベッドで眠るのだと思いながら寝る。
今朝、朝食の時、これを食べたら今度は自分の家で食べるのだと思って寝る。
薬を飲み歯磨きを終えるといつもと違ってバッグに片づける。
あと10分ほどしたら家内が私を迎えに来るのだ。
家に帰ったら帰ったでそこには日常生活があり現実もある。
でも家に帰るってそれだけでウレシイ。
たとえ若くて綺麗な看護婦さんが手を握り甲斐甲斐しく私の尿瓶まで笑顔で片づけてくれても、パートナーのいてくれる我が家は最高です。
天国に行く時もこんな感じかな。

2010年12月4日土曜日

無風

昨日は台風の様な風が吹いたが、
今朝は一転して風の全くない朝
5センチ程だが積もった雪が昨日とはまた違った世界だ。
結構暖かく感じる。
空気も雪も乾いているせいだろうか。
寒くなってくると鍋物が食べたくなるように
そろそろスキーで滑ってみたい気持ちがわいてくる。
長野の冬はとても好きです。

2010年12月3日金曜日

沼田場

今朝は久しぶりの雨、しかもとても暖かい、
長野市の昼の最高気温は17度の予報だ。
志賀などのオープンしたスキー場でもこれは厳しいだろう。
昨日は非常にいいコンディションの中、バイクで様々なルートを楽しんだ。
スキルが同じほどの2台だったので、割と思いっきり走る。落ち葉が舞い上がり、枯れた木々が流れて見える。
ヒルクライムもどきや藪漕ぎ道がないような道を進むおそらく私が6年ほど前に通ってから野生動物ばかりで車両は通ってないだろう。途中いくつかヌタバや熊だながあった。
イノシシが泥浴を行う場所は「沼田場(ヌタバ)」と呼ばれ、横になり転がりながら全身に泥を塗る。ダニを落としたり特にウリ坊には保護色にもなるそうだ。
人生泥にまみれる時もあるが、
泥だらけになってしまえばそれも楽しく思えるから不思議です。

2010年12月2日木曜日

かじめの煮物

結婚してからはじめて義姉が海からとってきた
かじめなる海藻を食べました。
昆布のようで昆布でないペロンとした感じの海藻、
お椀に熱い味噌汁を入れ千切りにしたかじめをいれるとろみがでて
おいしいのです。
のりも一度手作りでいただいたのですが市販のものとちがい
濃厚なのりで忘れられない味。

能登に帰った時
スーパーにお土産ように
乾燥かじめとのりがあり、これはすごいと買って帰り
お椀に熱い味噌汁の中にこののりをいれると,
ま~!のりの香りがして
とってもおいしいのでした。
かじめは乾燥なのでにんじんと油揚げとを油でいため砂糖みりん醤油で
煮込み、えだまめをくわえて出来上がり。
これまたおいしい一品
貴重な海の幸が乾燥してお土産になっているのは
お山にて海の味を楽しめてとってもありがたいものです。