2010年3月30日火曜日

失われたピース


この雪で休める時間が与えられました
Saltさんに会いに行った理由を
出来るだけ正直に書かせていただきます。

人の心の真ん中には一つの失われた風穴のようなものがあると言われます。
人はそれを満たしたくて、善行、名誉、金、人間関係、行き過ぎた趣味 、暮らしの自慢等々偶像をあてはめようとします。
でも形が違って入らないとか、無理矢理入れてもスキマが出来ているとか、時間で腐るなど結果、心を壊してしまうことになる。

その形は十字架に見える。

私はそれを見せてもらう為に奈良に行った。
期待は失望に終わるかも知れないが、失望は今まで十分味わってきた。
今までの経験の中で、私の手持ちのカードは変わっていると、言われ続けた。
「違うんじゃない?」「あんた間違ってるよ」「どこまで傲慢なの」「鈍感」
でも、でも、でも、そんなの関係ない
とにかくイエスは失望におわることがないのだ。
まるで子供の人気カードのトレーディングゲーム。
相手の持ち手を見るためには、こちらのカードも見せないと成立しない。

お人好しのくせに懐疑的な私は向こうからの先手を待たせていただいた。
予想はしてきたつもりだったが、正直最初、 おどろいた。
同じカードに見えたから。
トランプ、花札、ジグゾーパズル、麻雀、タイガーマスク 
同じものは無い、あってはならない、2つはいらない。
神の作品に一つとして同じものがあろうか。同じものを交換してなんの意味がある。
もし同じモノがあるならどちらかは偽物になる。

話していて似てはいるが同じではない事がわかった。
ただ、ジグゾーパズルで例えるならかなり近い場所のピース。
色や形も近い(Saltさんすみません勝手にまあ私のは多少崩れた形の十字架ですから、でも血は沢山付いてますよ)
ドラゴンボールみたいに全てを揃えたら現れる方はわかっている。
イエス キリスト。
わかっていても私は、コンサートに駆けつけブロマイドを集めた少年のようにただ見ていたいのだ。

私には、桶の中に隠れていたギデオンの気持ちがよくわかる。

「この時期」にブログを始めたのはemiさんという方と関係がある。
私たちの地上での時間は限りがある。
一度も会ったことのないemiさんのピースは
イエスの髪にはめられた花のように見えた。
   私もこのピースを磨いていつか膝元にはまりたい。

サングラス

泊まらせていただいて「B&Bにしみね」からの朝の風景
此処は、日本昔話か?
水道が通ったのが7年前って良いですね。
此処を選んでお嫁に来た慶子さんえらいです(どっちのエライかは読者がお決め下さい)

Saltさんと話した中でのひとこま

ねづっちさんでは、ないのですが目の前にある何でも
  たとえば今なら鉛筆削りやモニター、雪景色、パソコン、朝ご飯などと
架けてイエスキリストと解く、そのこころは、 、、、全部良いこと説けるになるんです。

あの方はものすごーく謙遜だから隠してはあるように見えるんですが、
よく見ると全部に自分のです、私が造りました。私ですと書いてあるンです。
どんだけ自分を知って欲しいのか。

ととのいましたー。
ケープタウンとかけて イエスキリストと 解く
そのこころは  どちらも喜望の峯が見えてくるでしょう。

ととのいましたー。
ケープタウンとかけて(また?)
電気屋と解く
そのこころは  どちらも沢山の被害者が出て救助が必用とされています。

まあ、個人的には好きな話で無いんですが、(当たり前の事話てどうなんや)

コリント
13:4 愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。

13:5 礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、

13:6 不正を喜ばずに真理を喜びます。

13:7 すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。

13:8 愛は決して絶えることがありません。預言の賜物ならばすたれます。異言ならばやみます。知識ならばすたれます。

13:13 こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。

ここの愛の代わりに自分の名前を入れてどうよ?イエスはどう?
いま、ねづっちさんが、やってることも同じです。イエスキリスト知らないからだけです。
見るべき方を見ましょう。

今朝の白銀は、ほんとまぶしい
今日の所はサングラス越しで我慢しましょうと、思っている電気屋でした。

2010年3月29日月曜日

「B&Bにしみね」


「B&Bにしみね」すごく良かったです。
能登半島の田舎で育ち、
戸隠の田舎で暮らす
生粋の田舎者の私も驚く田舎
もちろん、良い意味です。


原田泰治(諏訪のご出身)の絵の世界がそこにはありました。

にしみねの庭から見上げた月と朝歩いて撮った桜です。

今日はさすがに疲れてきたのでまた、後で、

慶子さんまたよろしくお願いします。 
ありがとうございました。

2010年3月28日日曜日

バトン

家には柱時計がある。私が生まれる前からあったと思うその時計は、爺ちゃんが買ったもの。
ゼンマイを巻くと一月ほど正確に動いてくれるさすがSEIKO-SHA 。
爺ちゃんがいつも「ギリッ、ギリッ」と巻いていた音が私の頭の中の思い出です。
小さいときは時計をばらすことが趣味だった私の毒牙から逃れたほぼ唯一の時計でもある。
ちょうど電気の時計に変わる時期で近所に行っては「ねえ、これ頂戴」と、もらっては分解していた。
爺ちゃんが死んだときから、その時計は止まったままの事が多くなった。
効率優先の父らしく電気の時計を買ってきてその時計は車庫の床下に置かれた。
少しして知り合いがその話を聞いて「あの時計使わないなら譲ってくらないか」と、もらわれていった。
私が長野に移り、家を建てたとき「これ」とその柱時計を渡してくれた。
95歳まで長生きした、婆ちゃんが一度私の家を見に来たときあの時計を見上げて
「これ爺ちゃんの時計やが」と喜んでいた。
ここ何年かはめんどくさがらず無意識にネジを巻けている事が、自分の中の不思議です。
今日も爺ちゃんの柱時計は正確に時を刻み続けています。「気にいってますよ、爺ちゃん」

親から子、子から孫への命のバトンは、
過ぎてみれば儚い人生に、永遠という花束をそえてくれます。

神はそのすべてを見て喜ばれる
「それは、非常によかった」

2010年3月27日土曜日

生活必需品

えー、鳥ということで探したら家内の書きかけの鳥がありましたので、勝手にアップします。
私なんかは、こいうゆうものの価値を全くわからない人間で、誕生プレゼントはぬいぐるみとかお人形、飾るモノなどは、「そんなの、何の役にたつ?靴とか文房具とかにしたら。」なんて思ってましたが、
ある時、気づいたのは、自分の心の貧しさ。
一見必用の無いようなものを所有するとか楽しむって豊でないと無理。

最近では、飾ってあるものを見て「いやー、豊ってすばらしいな」
と、貧しかったのに豊にされた自分をみる。

プログラム、生き物の知恵、鳥の愛情 以前にテレビでこんなシーンを見ました。(多分25年程前、野生の王国だったかと。どれだけ以前やねん)
1羽の鳥が草原の巣に産んだ卵を暖めていて、色んな動物や蛇などから卵を守るために時には戦い時には傷ついた演技をしていくものでした。
最後のシーンでは遙か地平線の先で降った豪雨の為に洪水が押し寄せて来る。
哀れ、卵は濁流に飲み込まれて親鳥はギリギリで飛び立ちます。
見ていて悲しくなりました。
愛情と自然界の厳しさ、、、ああ無情。

そのあと沢山の動物を見てきた方の解説がありました。
鳥は悲しみに沈まない、実は結構平気で、来年の産卵のシーズンまで子育てに忙しくすることなくお気楽に過ごすらしいとのこと。
ええっ!そーなの?あの自分を危険にさらしてまでも守った愛は???
春になると雀やツバメの子育てを見かけます。
ピヨピヨと鳴いて巣から首を伸ばし、ミミズなどを取ってきた親鳥に自分をアピールします。
親鳥は一生懸命朝から晩まで働きます。
ある実験があります。
鳥の巣に私たちが見て雛とは似ても似つかぬ電池で動く黄色いくちばし状の枠がぱくぱく動く物を入れておきます。
中心が赤くてその回りが黄色いだけで親鳥は変わらず死ぬまで餌をその中に入れ続けます。
普通の雛なら成長するとくちばしの回りの黄色が消えて大人になってきます。
すると親鳥は餌をやらなくなる。
腹が減る仕方なく成長した子は飛び立つ、しかもまだ飛ぶことが下手なひなは強制ダイエットで体重が激減するから初めてでも簡単に飛べる。
もし親鳥が人間でいう大人になっても甘やかせて餌をやり続けていたら、飛ぶ必要もないし、飛んでみても肥満で、、となる。
60歳になろうというのに卒寿になる親に今度新車を買うからお金をもらいに来る娘、お年玉と孫に過剰な金額を与えるお婆ちゃん。(50万円!鳥つながりの鳩ちゃん程ではないが)
私はお年玉をあげたことがない。馬鹿な自慢です。
親戚が多く本家の跡取りとして生まれた私は過分なお年玉を毎年もらった(ボッシュートになることも多かったが)。
それらは私に益になるどころか害にしかならなかったという個人的経験をもとに叩き出した論理で決してケチだからではない?

生き物にも心が無いとは言えない。
高等と言われる動物の中にはノイローゼになったり精神的な病気もあるかもしれない。
動物を見ることは好きだが、動物園は可哀想に思う時もある。
しかし、人以外の動物は歌ったり、何かに祈りを捧げたり夕焼けに美しいと感動したり自分は何者かと星空を見上げる事をみたことない。
あまりにも複雑でバラエティーにとんだプログラムなので、人が読めないだけ。
ただ、たとえプログラムであってもそのプログラムには愛情が織り込んであることはわかります。
人の行動の方が愛がないと思うときも多々あります。自由って色んな意味で凄い。
そこまでのリスクをわかっていて、自由を与えた方は本当にすごい。
神様の信仰はすごい。

良く考えたらオレも別に必用もなければ、何の役に?
でも、いつか神の家に飾られてみたい。

「ゆたかさって、すごいなー」

2010年3月26日金曜日

戦争と平和

写真は私が木工をしていたとき、小学生だった息子が「僕もなにか作りたい」と作ったもの家に飛行機モノが無かったので、、、。


私も聞いただけの話です、
第二次大戦時
創始者岩崎弥太郎の三菱、ゼロ戦が登場したとき、
世界の空は衝撃を受けました。

零式艦上戦闘機

私の車ほどの重さで千馬力以上!
アジアの隅っこの小国が物まねでない戦闘機を作っただけでなく性能も驚くべき
ものだったからです。
アメリカの話で。「ZERO ファイターを捕獲し調べシュミレーションしてみたと
ころ、あのような木や竹、紙まで使って出来ている。「張りぼて」みたいな軽量
な戦闘機は見たことがありません。燃費が良く長い距離を飛べ、(チッサイのに
関西空港からベトナム位は十分飛べます。)旋回性に富み、垂直上昇能力もあり
ます。わが国のエース戦闘機でも全く太刀打ち出来ません。」
「では1対1で戦わせない事で対応しよう。ZERO1機には2機で」
「それもシュミレーションしてありますが、2機でも無理です」
「じゃぁ、3機で」笑い話みたいですが、
物の有り余るアメリカは飛行機を作るよりよりパイロットを育てる事の方が時間がかかるので
大体こんな流れだったようです。

片や日本は練習するガソリンも乏しくなり私の父も松根油(しょうこんゆ)とい
うゼロ戦を飛ばすための今で言うバイオ燃料を作るために赤松の木の根をおこし
た経験を持つ。物が無いときに安く出来たので(1機当時7万円)零銭(金かか
んないよ)と言われたほど。(実際は2600年に出来たので型式末尾が00か
ら命名)
youtube にアメリカから里帰りした実際のゼロ戦が日本の空を飛ぶ映像を見まし
た。驚いたのはエンジンをかけるときにセルモーターがつけられていて、ボタン
ひとつで動き出した事、アメリカは実にイージーな国ですね。

最近は地震さえも天災?と思うときがありますが、戦争は人が起こすもの。
私の住んでいる所から1時間ほどに坂城という町が在ります。
水野源三さんがすんでいらっしゃった町でもあります。
18号線沿いに千曲川が流れています。
その川に新しい橋から少し離れて石橋風のレトロモダンな橋が架かってます。
戦時中、に飛行士達はその狭くて水面までそんなに高さの無いその橋の下を、
ゼロ戦で潜り抜けてから戦地に向かって行ったと其処の橋を通ったとき話を聞きま
した。

その後、私はその川を渡るときには、
わざわざその狭くて長くて古い戦前からあるその橋を渡っていきます。
今の私の足元には、死んでくれた方の思いもあるのだ。
「張りぼて」では無い平和、待ち焦がれます。

2010年3月25日木曜日

ゆらゆら


先日野尻湖畔の友人の所に行ってきました。
「雪ある?」と電話「さすがにもう、とけたから」
行ってみるととけたとはいえ残雪1mほどの上を歩いて久しぶりのキャビンに入った。
コーヒーを飲んで近況を話し、気負いのない話をした。
私もだいぶ仕事もさせていただいたが、こういった、すこし古そうで、ゴチャしていて、なんだかキッチリしていないところが安心させてくれます。

昔は外国に行くには船しかない時代があった。
長い船室の生活はストレスになる。それで部屋には自然の木目の板を張ったと聞いた。
クロスやペンキなどのストレートやストライプのラインが、長い時間のなかではきついらしい。
木目の一定のパターンではない緩やかなラインが和ませる働きがあるからだ。
うちもほとんど板張りなのですが、家内と「あきないよねー」と言い合ってます。

今度彼らは冬を過ごすのに下田で古い別荘を買うらしい。
「シロアリだらけなんだよ。ドアもボロボロで、ま、一度、来て。」
オーシャンビューでサーフボード持って行くには良いらしいが、過酷な仕事にはまりそうで、考えている。ここの古い窓も実に綺麗だ。海もたまにはいいかもしれないが、、。
ゆらゆらとした古い窓ガラスを見ていたらそんな優しい気持ちにもなりそうだ。

あなたは正しすぎてはならない。知恵がありすぎてはならない。
なぜあなたは自分を滅ぼそうとするのか。