「加速こそバイクのいのち」
「バイク持ちではなくバイク乗り」
「故障は無いに越した事はない」
こころからそう思う
能力が変わらないなら、より安い方がいいに決まっている
自分の体にフィットし扱いやすく、手足の様に思い通り動く
当たり前だけど そう思い込んでいないだろうか
今まで少なからずバイクに乗ってきたモノなら初めてハーレーに乗って面食らうのは
その重さと鈍重なエンジンだけでなく、ニーグリップを許さないかのようなポジション
人車一体という言葉があるように、
機械と自分がひとつになった様に駆け巡る喜びをハーレーは拒否し続けている様に見える。
まさにホースバックライディングよろしく馬は馬で、乗り手は乗り手
人は機械の一部ではなく、また機械も人の一部にはなれない
人はそのマシンに相応しく扱う担い手でしかない。
それは結婚生活にもどこか似ていると思う
どちらかが一方的に我慢したり、繕うものでもない
「互いに愛し合い、仕える」
とあるように双方が寄り添い合って生き続ける様な関係
ある意味不自由さを強いるハーレーだがよく「自由の乗り物」とも言われる。
しかし勘違いしてはいけないハーレーを手に入れれば”自由がもれなく”付いてくるというものではない。
実際友人の知人は頭金なし196回ローンでハーレーを買ったが磨いてばかりでほぼ乗らないというし
ヤフオクのハーレーでもさほど走ってないハーレーも結構見かける。
走り続ける事、家族ご近所の白い目や経済的事情、運転免許所の点数にめげず
走り続けるなら ひょっとしてあなたのハーレーは
あなたにとって ”どこでもドア”の様なものになれるかも知れない。
バイカーにとって有名なこの言葉を最後に記させて頂きます。
「Live to ride.Ride to live.」
乗る為に生きる。生きる為に乗る
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