2013年10月9日水曜日

主婦である霊

箴言 31章

10 しっかりした妻をだれが見つけることができよう。彼女の値うちは真珠よりもはるかに尊い。

11 夫の心は彼女を信頼し、彼は「収益」に欠けることがない。

12 彼女は生きながらえている間、夫に良いことをし、悪いことをしない。

13 彼女は羊毛や亜麻を手に入れ、喜んで自分の手でそれを仕上げる。

14 彼女は商人の舟のように、遠い所から食糧を運んで来る。

15 彼女は夜明け前に起き、家の者に食事を整え、召使いの女たちに用事を言いつける。

16 彼女は畑をよく調べて、それに手を入れ、自分がかせいで、ぶどう畑を作り、

17 腰に帯を強く引き締め、勇ましく腕をふるう。

18 彼女は収入がよいのを味わい、そのともしびは夜になっても消えない。

19 彼女は糸取り棒に手を差し伸べ、手に糸巻きをつかむ。

20 彼女は悩んでいる人に手を差し出し、貧しい者に手を差し伸べる。

21 彼女は家の者のために雪を恐れない。家の者はみな、あわせの着物を着ているからだ。

22 彼女は自分のための敷き物を作り、彼女の着物は亜麻布と紫色の拠り糸でできている。

23 夫は町囲みのうちで人々によく知られ、土地の長老たちとともに座に着く。

24 彼女は亜麻布の着物を作って、売り、帯を作って、商人に渡す。

25 彼女は力と気品を身につけ、ほほえみながら後の日を待つ。

26 彼女は口を開いて知恵深く語り、その舌には恵みのおしえがある。

27 彼女は家族の様子をよく見張り、怠惰のパンを食べない。

28 その子たちは立ち上がって、彼女を幸せな者と言い、夫も彼女をほめたたえて言う。

29 「しっかりしたことをする女は多いけれど、あなたはそのすべてにまさっている」と。

30 麗しさはいつわり。美しさはむなしい。しかし、を恐れる女はほめたたえられる。

31 彼女の手でかせいだ実を彼女に与え、彼女のしたことを町囲みのうちでほめたたえよう。


実際に この世界には主婦以上の 高い地位はなく 
主婦以上に尊い 働きは 存在しない。

この物言いは 別に家内を持ちあげている訳ではありません。
”主婦”とは”主”の”婦人”の事ですから 彼女がちゃんと働いてくれるなら
彼女には夫である主と同じ立場がありますから
彼女は 執事やしもべに 今日のすべき仕事を言いつけます。
彼女は あるじと同等の働きさえ可能となります。


私の知り合いは、シンガポールに住んでいてメイドを雇っています。
毎年、日本に来る時も 彼女の子供たちとさほど 変わらない年頃の メイドを連れてきて彼女の子供たちが遊んでいる間や休んでいる時に 食事の用意、洗濯、食事の片づけをいつもさせています。
初めてメイドである娘さんに会った時はまだ小学生程に私は見えて、実にけなげにそしてちょっと気の毒にも感じたものでした。
でもそれは、裕福な子供たちと比べての愚かな私の魂的思いであって
おそらくメイドのお母さんは「お前は幸せだね、日本にまでいって 稼げるのだから」と自慢しているんじゃないかと思うようになりました。
多分あの娘(こ)は今日も、言いつけられた仕事を自信を持ってにこなしています。
実際に 今のこの世界では かなりの裕福な立場にいないと使用人を家に置いておくという事はないと思いますが、イエスは父の無尽蔵の富を一身に相続される方であり
その妻もその富を受け取るのですから 貴族以下であるハズもなし
それまで重要な役職であったハマンさえ 失脚させる事が出来る地位にあります。
私たちキリスト者は また そうするべきなのです。

私たちの霊は 主婦に似ています。
主婦が命じるべき執事は 私たちの 魂です。
最も卑しい仕事は 下僕である 体に命じます。
ただ 一番地位の低い 肉体であっても 高貴な方の働きが出来る事は 実に特権です。
王がいるからこそお抱え楽師や作曲家があれだけの荘厳な働きをさせてもらえ
寺社に権力と財力があったからこそ 宮大工らは 食い扶持を心配することもなくその腕を揮えました。

以前は私たちは 自分の腕で自分を養う事に一生懸命でしたが 今はそんな心配をする事すら愚かです。
以前は ハマンの様に 自分自分で思い上がって過ごしていましたが、彼は木にかけられました。

「主人がその家の使用人たちの上に立てて、時間どおり彼らに食事を与えさせることにした忠実で賢い僕は、いったいだれであろうか。
主人が帰って来たとき、言われたとおりにしているのを見られる僕は幸いである。
はっきり言っておくが、主人は彼に全財産を管理させるにちがいない。
しかし、それが悪い僕で、主人は遅いと思い、仲間を殴り始め、酒飲みどもと一緒に食べたり飲んだりしているとする。
もしそうなら、その僕の主人は予想しない日、思いがけない時に帰って来て、彼を厳しく罰し、偽善者たちと同じ目に遭わせる。
そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。」

良き主人の下で へりくだって仕事が出来る僕は幸いです。

2 件のコメント:

  1. 主婦の仕事は地味で日常的ですが、そこにこそキリストの花嫁としての味わいが凝縮されているようにも感じます。

    日々の当たり前の営みの中におかれた主の御手こそ、一番やさしく、ありがたい。そんなことを感じる毎日です。

    今年は仕事がかなりキツくて、さすがの私も心が折れそうになることがあります。それでも慌ただしい仕事のただ中で、じっくりそれを味わえる感性を持っていたいと願っています。

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  2. 仕事がきついのは 大変ですね。

    私という家の奥にいてくださる 方に働いて頂いてもらい その方の稼ぎで 豊かに暮らさせてもらおうと 思っている 究極の逆玉の輿です。

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