基本的に家具は家具屋が作り、棚などの家にくっついているものは大工が作る。
自分の事を大工と呼ぶことも恥ずかしいし、
実際自分も大工だとは思ってない。
大工のような事もやっている。
そんな感じだ。だからお客さんにも「日本の大工さんのような仕事はできません」「こんな仕事でよければ」と言って始める。
ましてや家具は「家具みたいなものもつくります」レベルでもない。
家具屋に失礼だと思う。
家具屋の仕事はすごいし尊敬している。
ただ私はそれを目指してない。力を抜いて「これでいいじゃん」と思うものを作っている。
家具屋がすごくこったものを希少な材料で時間をかけて作ることの十分の一で仕上げる。
それも私の仕事だと思っている。これはリフォーム中の友人の壁の本棚?高さ2.7m幅3.6m
以前同じ2x12の板で全て升目の棚も作ったことがあるがあれのほうが少しコストはかかるが作った感はある。でも使いやすい事、部屋や持ち主に合っている事、時間の経過と共にいい年の取り方をすること、
私も含めて身の丈にあった事を続けている。
イスラエルでは家は石で作るのでイエスは家具職人だという可能性もある。
そのうち彼の造ったものを心行くまで味わうのを楽しみにしている。
でも、今日も味わえる。
皆さんが
返信削除もっと肩の力を抜き(完全を求めず)
人任せにせず、自分で考え
自分でやってみる気を出せば
日本はもっと楽しくて
金のかからない国になるのになーと
思っております。
でも本当に
そうせざるを得ない時代が
近いのかも知れませんね。
Mr.Sugar さん
返信削除コメントありがとうございます。
確かに完全は神に
求め、自分は自分のできることからまずやってみると
人間は意外と何でもできるものですよね。
それができるように
あらかじめ主がそのように造って下さったのだから人はその手の技を見て満足と喜びと感謝があるのだと思います。
お金が無くても楽しめる、それいいですね。
確かに、専門家が請け負う必要のないものを専門職にしてしまうのはどうかと思いますね。
返信削除特に書類書きの専門職って、その仕事の為に制度があるような気がします。
あらゆる制度は古び
返信削除時代に合わなくなっていきます。
神がそのように定めれらたからです。
制度をうちこわすとその制度のお陰で飯を食べてきた人たちはその職を失いますが、竜馬伝の中の話の様に農や職人、商いなどすることは他にもあります。収入は減るケースが多いでしょうが、人は働いた分と責任におうじて報酬があることが健全です。
神は人に仕事を用意して下さいます。
そして休む時を与えて下さいます。
ありがたいことです。