2014年3月25日火曜日

タイミング

食べかけ(食べ残し?)のブレッドですみませんが
美味しいモノで、つい写真を撮るタイミングを失ってしまうのである。
(もちろん、この後、おいしく完食しました)

まだ、バイブルスタディを毎週やっていた頃の事

「イエスってどんな人だったと、思いますか」

と、訪ねて、帰ってきた答え

「嫌な奴(吐き捨てる様に)」

それを聞いて私の用意したプログラムに対しては想定外だったんだけど
私の魂は深い所から、叫んだ

「アーメン」


福音書のイエスは(それ以外でもだが、、)ことごとくと、言ってイイ程
期待を裏切り続けるタイプに、見える
迷子になった時も、子供ならいろいろあったとしても普通は「ごめんなさい」でしょ。
そもそも、彼は謝った事があるのか?もし無いなら人間としておかしいでしょ!
生まれた時からして、いや、妊娠のタイミングから空気を読まない

大勢の人々が彼についてきたシーンでイエスは何と言ったか
ヨハネが(バプの)私こそ洗礼して欲しいと、行った時
イエスがそのヨハネより多くの洗礼をするほどになった時
彼はどう行動した?出来たら免除にしたいピラトの前ではどうだった
「そんな事があってはなりません」というペテロに対し「ありがとう」とも言わない
わざわざラザロや、管理者の娘が死ぬのを待っていたフシもある
確かにお願いすれば「治してあげよう」とか波を静めてくれるけど
じゃあ、寝ているのを起こさなければ、どうなった事か

イエスは、父の想い通りの行動しかしないし
ある所では「自分からは何事もすることができない」と成人男性としては不具者のようである
反抗期は無かったとしても、「ボクがボクである為に~」とか
「自分らしさ」を求めて”自分探し”の旅に出る事もなかったのか

彼は今日も私の内側で、期待を裏切り続けている。
きっと、もう一度来る時も期待通りではないだろう
でも、考えてみれば当たり前なのだ、彼は私の思い通りになど出来ないし、私の願うように語ってくれない
もっとも私もそんな彼は見たくもないし、幻滅する

ただ、私の霊とは、最近とみに親密である。
そしていつも想定を超えてくるそんな所も魅力です。

2 件のコメント:

  1. 硬派銀じ郎2014年3月26日 10:29

    そうですね。

    2013年度を振り返ると、私の思い通りに、私の願うように、という点では、確かに期待を裏切り続けられました。でも、だからこそ想定外の恵みを豊かに与えられた一年でした。
    本当に感謝です。

    そして、イエスさまを、また新鮮な驚きとともに考えさせられる、教えられる、味わう恵みをぼえます。

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  2. 銀じ郎さん お疲れ様です。

    期待は裏切られ続けても、希望が残ればそれも良しと(大変ではありますが)

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