「人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。」
と聖書が語っているのは実際にある人が全世界を手に入れる事を暗示している様にも見える。
さらに「金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。」とある事は、お金に携わる者がその一人になる様にも思う。
罪の影響が有りながらも世界の全ての物は神が造られたから「神が造られた物はみな良い物で、感謝して受けるとき、捨てるべき物は何一つありません。」なのだが、お金だけは人が作り出した。
神の家の管理者には「金銭に無欲で」と付け加えられている。
また「ふたりの主人」とあり「神にも仕え、また富にも仕えるということはできません」とイエスは話された。
お金って実にすごいものです。
何が凄いって言うなら本来比べられないものを比べる事が出来るようにしてしまった事でしょうか。
例えば鉛筆1本が10円だとする。そしてリンゴが1ケ100円とする。所がここに1本で1000円の鉛筆があったとする。
すると「この鉛筆はスゲー」となるわけです。
あと、減っていかないから蓄えておける。しかも現代では物理的にも置き場には邪魔にならない。
世に有るものの中で唯一0を足していくだけでほぼ無限に大きく出来るもの。
これは、終わりの無い方が(無限なる方が)無に等しくなられた事の逆パターンです。
宝くじを買う為に行列になっているのを見ました。お金は肉にとってそれは最も目に麗しい様に見える。どちらかといえば集めるのではなく散らされる方が示されることを聞きたいと思います。
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