2014年9月26日金曜日

湧きだした水

 最近仕事をさせてもらっている白馬のロッジ(予定)で
点検の為に床下に入ったらかなりの湿気でヤバイ状況

早速、お得意の(?)土木シートを敷き詰めていたのですが、台風の影響で雨が降って
床下から水が湧きだして来て、アッと言う間に、ちょっとした池に、、、、
水深は10cm程はあるだろう 何所まで水が上がって来るの、、、(汗、)
 この雨でこれなら、春の雪解けはどうなるんだろう

「恐ろしい、、」

仕事は中止して(もちろん出来ない!)
、福岡に帰っているオーナーにTEL

「悪いニュースばかりなのですが、、」

と説明した。流石に、周りの水位が高いので汲み出す事も出来ない。
いい考えも無いまま、電話の最後にオーナーさんが

「祈ってみます。」

と、それしかないという感じで話されて電話を切った。
正直私は、理屈で物事を考える人間だと思う。
しかし、打つ手がない以上、神を知る者の選択としてそれが最高で最善の選択だとは知っている。
でも、お祈りで済むなら、、どうなんだろうという、頭の中の思いもある、、
神との関係性は悪くないと感じているが、

「近ごろでも本当に祈っているか?」

と問われれば

「どうなんでしょ?」

という気もする、、会話はしてますが、積極的に祈っているのか、オレ?
さて、とにかく外はまだ雨が降っている。
地下には水が溢れている。だから外の仕事も地下の仕事も出来ない。
他にする事が無い訳ではないが、地下の課題に比べたら、意味のない事に思える程その問題は大きい。
正直この程度の雨でこれなら1年に両手で足りない程地下は、池になる。
それは、木材を腐らせ家ごとダメにしてしまうほどで、
そんな危うい所に乗っている部分の仕事など意味がどれほどあろうかと思える。
敷き詰めたシートは、情けなくプカプカと浮いている、、
今月から仕事を始めて、結構問題続きのこの建物だけど今回の事は大きい、、
これまでも祈ってきたお二人だろうが、、遠い福岡の地で今もまた、祈っているのだろう。
さて、オレはどうする、、、

とりあえずペテロじゃないけど網を繕っていたんだけど(お昼休みの時間潰しのようなもの)

「そうだ、乾き切ったあの荒野で数千年前に、岩から水を湧きださせた”主”は
今日、地下で湧きだしている水も、止めて下さる。」

そんな単純な思いが、広がった。
少しして、お願いしていた水道屋さんが来たので

「地下に配管があるので一緒に入って頂けますか?
長靴をお貸しします。」

と、地下に入ってみたら水が無い!
ここで敬虔なクリスチャンなら

「ハ.レ.ル.ヤ~、」

何だろうけど、理屈的な私だから、いぶかしく見渡しながら

「水のひけやすい地質なのか?」

等と、分析する。それにしてもいいニュースだ
水道屋さんと打ち合わせた後すぐに、オーナーさんに電話した。

「いいニュースです、、」

ノーマルなクリスチャンと付き合わさせて頂ける機会は、こっちまで祈らされるから 感謝な事です。


写真は、今朝の風景です。

4 件のコメント:

  1. 毎日の忙しい生活の中で、ちょっとした壁に突き当たった時に、小声で祈る。そして、何とはなしにうまくいって通り過ぎていく。で、小声で「ハレルヤ」と感謝する。大きな障壁にぶち当たった時に、大きな声で懸命に祈る。そして、その障壁を乗り越えていく。で、どでかい声で「ハッレルーヤー」と感謝する。これが「キリスト者のふつう」ではないでしょうか。

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  2. いつでもどんな時でもどこであっても
    主を褒め称えるって事は素晴らしいですね。

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  3. 硬派銀じ郎2014年9月28日 19:44

    実家の屋号は清水屋でした。別に商売をしているわけでなく、地下水:清水がわき出る家だったからです。
    両親の寝室は湿気がすごいらしい。建て替えのとき、なんで場所を外さなかったのだろう。

    私は「キリスト者のふつう」が、ふつうにして、主を褒め称えられたらと願います。

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  4. 屋号って面白いですね。

    昔から”水もの”って言うように、なかなか人の思うようにならないものですね。

    それにしても普通って素晴らしいです。

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