2014年10月15日水曜日

架け橋

台風一過で峠からは空に架かる虹
地上では、吹き抜けの塗装の為足場を架けての作業

Backcountry Lodge Hakubaのオーナーさんご夫妻には本当に多くの気さくで前向きな友人が沢山いらっしゃるようで、途切れる事がないほど、国内だけに留まらず手伝いに来て下さっている。

彼らは、ほとんど教会(キリスト教で言う所の)と言う名の人のグループに所属してない
どちらかと言うと、日曜礼拝に出席していない私などは、肩身が狭い訳でもないのだが

「どちらで礼拝していらっしゃるんですか?」

とか聞かれると、、
他の方のつまずきにもなりたくないし、ちょっと気を使って来ていたけど
そんな事は、彼らにとってごく自然でスタンダードな事のよう

後、更に気を使うのは「主の声」の事で
実は私個人的には、主の声が大好きなだけではなく(嫌いなクリスチャンもいないとおもうけど、、)
神の声をちゃんと聞いているクリスチャンをとってもイイなーと思っている。

ただ、流石にクリスチャン同士でも

「この人、怪しいだけじゃなく、オカシイ(?)」

と、勘違いされるかも知れないので、話せる相手とだけにしてきていたけど
10日から滋賀から来ていた方曰く

「どちらかと言えば、私の周りでは、それが普通だから、、、」

的に話されていて、クリスチャンってだけでも少なく
更にその中でも、私の様なクリスチャンは稀と感じていただけに

『そうなのー。実は、地球人の姿をした宇宙人がずっと前から以外に大勢いる(いた)っていう
SF映画的なアレと同じ感じ?』


まあ、宇宙人は未確認だけど確かに
ちょっと珍しい車を買ってみたら、意外と多く走っていたとか、
妊娠してみたら(もちろん私ではありませんが)沢山妊婦さんを見かける様になったり
ベビーカーを押していると、同じ様な方が沢山いるって事に気づくにも似てるけど
私がやっとそれに気づいてくれたから、私の父は、次のステージに相応しい人々を送って出あわせて下さっているという事が正解だと感じる

ただし、注意しないといけないのは、
神の声を聞いているという感覚に浸っているだけの様ないわゆる霊感の鋭い人とか
違う声を、そう思い込んで信じてしまう人とかもいるかも知れません(いろんな人がいるからね)

ただ、個人的には、子供の頃父や母の声を聞いて

「アレッ?、今のお父さんの呼び声だったかな、それとも近所のおじさん?」

という、迷いが無かったのと同じくらい(それ以上)
その声を聞いた時には、何だろあの感じ、甘ーいような、ただ嬉しくなるような
ずっーっと前から聞いてきた、深い所で覚えている、遠い様な耳元で囁くような何処から響いてくるのかわからない様な、でも内側で語られている様なあの声
それを、聞き間違える事は、ない

また、あの声を聞きたい
またあの声にだけ浸っていたい
そしてこの地上で聞く最後の声は

「ここに、登れ」

その声があったなら、全てのモノは地上に残して永遠へと向かう
いろんな終末のシュチェーションが整ってきているけど
それらは、私たちが天に昇る時が近づいて来ている足音でもあるのだから
頭で考えると複雑な気分にもなるけど、私の霊は約束の時が針が進んでいるのを
確認して心踊らせている

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