2014年2月9日日曜日

【produce】

「プロデュース」、本来の意味は、産出する、生産する、制作する、
ただ英語と日本語で意味がことなり。日本においては、
様々な方法を用いて目的物の価値をあげること



ウルトラマン、ウルトラセブンが好きだった(もちろんQも)。
だから「帰ってきたウルトラマン」が始まった時は

「帰って来たんだ」という期待感
ただ見てみると、特撮技術や映像などは進んでいたけど、自分の成長か、前作と同じでは、という作り手側のさじ加減か、
相変わらず見てはいたけど、イメージとのズレを修正出来ないまま最終回を迎え

A(エース),レオ、タロウとズレは修正不可のまま距離感だけは広がり、遠くなり、
そして、見なくなっていく
時折チャンネルを回していてウルトラマンシリーズをやっていても名前さえ覚える事を疎んじる様になり
かつては、スローモーションで巨大さを表現したスタイルは寂れ、標準、そして速廻しによる技法で
40mを越える怪獣がペラッペラに見える。(怪獣を越えるモノという事か超獣という名になっていた)

何かを作り上げると、次は前作を越えようとするのは、人の性なのか
味気のない離乳食から徐々に、辛いモノ、苦いモノさえ(時には臭いモノ)日常になり
何かトリビアな事、珍味、感動する話、奇跡のストーリーなどを求める

これは、あの園の中央にあった2本の木にも関係すると思うけど
あえてそこにあの2本の木を植えるというプロデュース

市 川森一という方をご存じだろうか。
傷だらけの天使(1983年、大和書房)や太陽にほえろ!(1984年、大和書房)の著者でもありましたが、
デビューは円谷プロ子供向け特撮番組『快獣ブースカ』

10歳のとき母が亡くなった先の病院の影響もあり信仰者になったとも伝えられているけれど
彼の作品には聖書からの引用も多くペテロ、バラバ、ゴルゴダの丘なども登場する
そんな彼が唯一メインライターに任命された『ウルトラマンA』を、1クール消化の時点で降板する

「企画段階で市川が提示した要素が全て排除されてしまい、ウルトラシリーズに対する情熱を急速に失ってしまったが故に、」

と発言、しかし、同作品の橋本洋二プロデューサーに「メインライターの責任として最終回も書け」と命じられ、
番組終了間際に復帰。
最終回のラストでエースが発した「最後の願い」は、市川的には方向性の合わない作品へと変貌したウルトラシリーズへの「捨て台詞」のつもりで書いたものだという
それが



「優しさを失わないでくれ。
弱い者をいたわり、互いに助け合い、
どこの国の人達とも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。
例えその気持ちが何百回裏切られようと。
それが私の最後の願いだ…」



実に臭いことばではあるけど彼自身の愚直な気持ちが表れている気がする。
彼がが製作現場と衝突した葛藤も感じないでもない。
何百回裏切られてそれでも友になろうとする愚かなまでの優しさは私は持ち合わせていない。




先日、かなり親しい友人に会ってきた。
日赤の待合室で、彼女はパソコンを見ていた。
午後から抗がん剤治療の前検査の為の1時間ほど彼女と話していて
彼女が選択した治療、そこまでに至る経過を聞いた。
彼女は癌治療に対する私程度の事は知っていて、それでもそれを選んだとわかったから
癌治療の方向に対して、私が伝えられるべき事は何もないし
大切な事は、彼女との関係性




裏切られる事や騙される事は、大体は不快である。
ただ、騙される愉快さも 最近はわからないでもない。
それは、本当のことを知っていて成り立つような気がする。
オリンピック誘致、水俣、福島で起きた事、政府の動向から手品まで
もちろん全てのモノは知りえないが、真実は基本的に単純な事で
アダムが隠そうとしたところに、今の問題が続いているだけにも見える。

 動画配信サイト全世界で一千億ダウンロードや、オリコンチャート一位、CDミリオンなど
ロックンロールやアイドルなどの多くは(細かく見るなら全てが)作られたものであって偶像である。

「郷ひろみとして、生きていく事にきめました、、」
「俺はいいけど、YAZAWAは何ていうかな?」
「僕の中にリトル本田がいて、、」

ユルキャラやヲタクという世界は、わかりやすくて
あれや2次元の世界が本当だとは思っていなくてそれでも楽しんでいる。
確かに法を犯すようになると社会的な影響や制裁は、この時代とするなら仕方がないかもしれないけど
そんな世界に自分は生きていて、そして自分自身も御多分に漏れずそうであるという事を知れるなら十分価値もある気がする。

帰ってきたウルトラマンで「天使と悪魔の間に」という市川森一さんの脚本作品がある

ことばを話せない障害をもつ少年とその少年を教会で出会った隊長の娘美奈子がMATの見学に来るところからストーリーは始まる。

オープニングはエレベーターが開き、まだあどけない少年とかわいい少女のアップから

実はその少年の正体はゼラン星人なのだが、大人は皆、幼く障害という悲運それでも健気に生きていく少年をみて よもや嘘で(話せないのだが、、)固めているとも 思えない、思いたくもないのである。
ゼラン星人の興味深い所は、”怪獣ではウルトラマンに勝てない”とわかっている所である。

だから自分の素性を

「郷秀樹、いやウルトラマン」

と郷隊員にだけ証しする(テレパシーで)。
そして

「自分が連れてきた怪獣プルーマを倒した時がウルトラマンの最期」

だと告げる
”倒した時が最後”ということばに翻弄され、
往復はがきは返信出来てもウルトラマンに変身できない郷隊員、ついには

「ウルトラマンになる前に貴様を殺してやる」

その一連のプロデューサーである少年の首をしめつけるが
その郷隊員が看護婦らに取り押さえられ精神鑑定にかけられる。

「子どもの首なんか絞めてどうするつもりか」と隊長

「殺すつもりでした」と郷隊員

社会的にウルトラマンを抹殺するかウルトラマンの必殺技をもってウルトラマン自身を倒す、という両天秤に架けるゼラン星人

人間は実に面倒臭い生き物だと思う。
友人にしても、抗がん剤が良くない事は知っている、だけど最後はその人(医師)を信じてみたくなる。
実際はそれを選ぶ自分を信じるのだけど、高級食材、骨董や、楽曲など最後は何を信じて、自分は何を選ぶか(もちろんこの中にはあえて騙される事も含む)



「交響曲第1番 HIROSHIMA」

彼らの本来の関係はプロデューサーと作曲家なのだろうけど
それを作ったバックグラウンドが、どれほど嘘で塗り固められていたにしろ、出来てきた作品
その音楽的価値には、何ら変わりは無いはずだと思うのは私の素人ゆえなのか
外科医は腕が、小説は内容が、絵画は絵が、楽曲は音が、アイドルは顔が(?)評価されるべきなら世界はもっとシンプルだけど
でも、ちょっとつまらない気もするが(わかっていて選ぶというもう一段上の楽しみ方の俳はまた別)。
佐村河内さんが良心の声を聞く耳が完全に聞こえなくなる前に、
是非 あのお方にプロデュースして頂けたらいいんだけどね。

例えば食品偽装を失くそうと思えば、大半は簡単に無くする方法があると思う。
それがあった場合に3か月とはいかなくても30日でも営業停止にすれば罰金など怖くもないけど
営業停止はホテルや料亭にとって死活問題となる
とりあえずの罰則はあるが実に緩く、しかもこの10年ほとんど適用がないと聞いている。
つまり、卵だといってさそりを、魚だといって蛇をあたえる程でないなら
少しくらいは騙される事を 楽しんでいるような気もする。

「正義感を振りかざしている人たちの建前上、反省したりして見せてチョウダイよ」

そんなところかもしれない
本当にバンバン営業停止にするなら 残るのは
それでもあえてやろうというツワモノと騙される事を楽しみとするさらにツワモノの常連客のいる店以外はやらなくなるだろう。
そもそもノロが原因で営業停止にさせるのに(かなり注意しているお店だったのに、、)
私はウルトラマンA程になれなくても、裏切られたり、騙されたりすることを少しでも楽しめる余生
思えば、小さい時から、釣った魚の大きさ、他人や自分自身への評価、このブログの内容でさえも
生まれついての私には、偽装、詐称、虚偽など盛りだくさんである

「あなたがたのうちで嘘をついたことのない者が、石を投げなさい」

と、もし言われたらとにかく私は石は投げれない

ミナコの通う教会を訪れる郷と伊吹隊長。
少年の正体について、

「僕なら、あの少年は遠い外国に行ったと言いますね。
お嬢さんの心を傷つけないためにも。」と郷。

「いや、やはり事実を話すつもりだ。
人間の子は人間の子さ。天使を夢見させてはいかんよ。」

という伊吹のセリフでこの話は終わりますが

色んな意味で、また帰って来てねーとも言いたい。
その時は18番(オハコ)の交響曲を聞かせてもらいたい

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