2011年1月24日月曜日

教育


”歯が痛む夜 咳が出る夜 麻痺が起こる夜は 夜明けが待ち遠しい”

故源三さんは千曲市の方だ。
PTAの集まりの時小学校の校長先生がこの詩では無かったが
”新聞のにおいに朝を感じ、、、”の源三さんの詩と星野さんの挿絵の詩を読まれた後
以前の授業でそれを読んでもらった小学生の一人の感想文を読まれた。
「、、、この二人には何か共通点があると感じました。何となく不自由があっていつも家の中にいらっしゃる方なのではないかと思いました。」読み終えられてから、「この2つの詩からは障害者とは一見読み取れない。でもこのような感性をもった子がいるんですよ。学校はそんな子を育てていく場所、、。」
と言う話だったが、後にいた家内が「あれ、(長女)が書いたんじゃないかしら」と言った。
言われてみたら確かに、後で聞いてみたらそうだった。
両者の本は持っていたが、別に見せた事も話したことは無かった。
校長先生には少し悪い気がしたが、教育は親がすることで学校で起きた事であっても全ての責任はまず親にある。学校はその応援していただける存在と以前から思っていた。もちろん知識などでは学校は親より優れている事を期待しているが、団体行動などもまず先に親との関係が基本だと考えていた。親にも従えない子がほかの人につかえていけるのだろうか。
そして親に従ってきた子が、親に従わなくなる時も来るだろう。そしてその過程もすごく大切だと今では思う。
少子化や政治、年金問題、国際問題も大事だが本当に大切なものは身近にあるのだと思う。

4 件のコメント:

  1. まったくその通りです。

    でも、親がいない子、親に親らしく接してもらっていない子がけっこういます。

    学校に親の代わりはできません。しかし、身近にいわゆる「身近な状況」を持たない子にとっては、担任が親の代わりなのです。

    でしゃばる気もないし、力もありません。でも、とりあえず、今日もまだ学校にいます。

    おかしなことですが、これもやむを得ぬ事情なのです。

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  2. 「親がいない子、親に親らしく接してもらっていない子がけっこういます。」

    そうですね。悲しい現実が実際あります。

    同時に嬉しい希望もありますね。
    「みなしごの父、やもめのさばき人は聖なる住まいにおられる神。」
    全てを支払われ、その報いを果たされる方がいて下さることはありがたいですが、それでも全く無力に感じる時がある事もまた事実で主の不思議です。

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  3. ツナミパパでわかりますか?記事に直接関係ありませんが、ようやく開通しましたのでお知らせまで。よろしくお願いしま~す。

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  4. 開通おめでとうございます。
    見ていただいてうれしいです。
    去年の3月3日のブログにツナミの写真が載ってます。
    3月18日にはベルも載せました。4月24日だったかなツナミの兄弟も載ってます。お時間があれば覗いてみてください。
    よろしくおねがいします。

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