2013年12月2日月曜日

日々 ゆっくりと

 ずっと前に妻が私の子供を抱いているのを見ていた時以上に
妻が孫を抱いている風景を見る時に幸せ感を感じるのは何故なのだろう
ただ単に自分の子らの時は忙しかっただけでは無い気がする

「ヒナ、雪好きだからね~」って言うと

「ユキ、シュキ」

「でも、雪とけちゃってないね~」

「ナイ」

「じぃじと風呂入ろうか」

「バァバ(と)」

そんな会話がとっても楽しい
どんなに不完全なDNAであっても
自分が受け取ったバトンが、その先に渡っていっているのを見る想いなのかな
自分がバトンを持って走っている時はただ走るだけに一生懸命で次のその先の事など考えていなかったけど
ボウボウと勢いよく燃えている薪ではなく
熾火の様にじっくりと暖かく燃えている、そんな風景のよう。

30年前彼女がお嫁に来る時に

「何にもしなくても、元気な子を産んで育ててくれればいい」

と言った父のことば通り
彼女は今日も変わらず、そうしてくれている

人は大人になるまでに長い時間がかかる
私たちの内側にキリストが形創られるまでにもそれなりの時間がかかるのだろうか(実際自分の現状を見ればそうなっているんだけどハハ、笑いごとじゃない←ノリ突っ込み)

2 件のコメント:

  1. いいっすね、孫とのまったりした時間・・・。六本木で若い子達と遊ぶのも楽しいですが、孫は人生のエクストラ・ブレッシングです。

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  2. Lukeさん の所は3人目ですね。
    こちらは年末か年始2人目となりそうです。

    ”六本木を若者と”それはそれでたのしいですよね。
    私も六本木 debut ムムッ その時はお時間あれば お願いします。

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