2010年10月18日月曜日

名前

全てのモノには名前がある。
名前がないとそれを人は呼んだり分かち合ったり出来ない。

国語の時間で好きになれなかったのは動詞や形容詞などの文法でした。
ただしりとりなどでは名詞しか使えないなどのルールは小さいときから知っていたので私が好きであろうと嫌いであろうと事実存在するのだとは認めていた。
名前として使われる言葉を名詞 と定義されていてその中でも人の名前なのは固有名詞となる。(自分で今こんな事書いていて何故学校では、、、と不思議だが)

ちょっと不思議な感じもするが名前のないモノはその存在を認識できない。
だから小さい小さい新種のウィルスや遠く遠くにある新星にさえ見つけたらまずすることは命名です。
人はまず何かに名をつけてそれをちゃんと把握してそれとこれとは違うんだと知る。
名前を覚えることは知識であるがそれ自体に価値はない。
ただ名前を覚えることで、大きな鳥が飛んでいるとしか思えないことや白い花が咲いているとしか言えなかったものが、「コンドルが飛んでいく」や「エーデルワイスが咲いている」と言えることそしてそれを聞くことで世界が広がらないだろうか。
名前は元々あるものでは無い。それを使う人のとの関係の中で与えられるモノ

例えば日本では青魚の名前を沢山知っている。鰯,秋刀魚、鯖、鰺、鮪、鰺などは英語ではそんなに使うことが無い、使ってみても英語が母国語の人でもそんなに知らないから意味がない。私の生まれた地方では更に細かく名前を使い分けている。
長野のスーパーで鰯を見た父が「これはドンボイワシだから真鰯でないと」と言っていた。
氷見の回転寿司では「ブリ一皿」と注文しても3週類のブリの名があった。ちなみにイカは7種類ありその地方ではそれだけ身近なモノとしての位置関係が見える。
神様も人に似ていて?名前をつけて認識してくれる。

わたしが主であり、あなたの名を呼ぶ者、イスラエルの神であることをあなたが知るためだ。
わたしのしもべヤコブ、わたしが選んだイスラエルのために、わたしはあなたをあなたの名で呼ぶ。あなたはわたしを知らないが、わたしはあなたに肩書を与える。

自分では知っているつもりの人から「私はあなたを全然知らない」と言われる事は悲しいこと。ましてや全能者からそれを言われるなら、、、。
名前、それは素晴らしい。
写真のドライフラワーになった白い花はキク科のヤマハハコでした。確認しました。まちがいありません。それを私は認識できるようになったことが何だか嬉しい。エシュコルさん サンキュー!

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