2010年3月26日金曜日

戦争と平和

写真は私が木工をしていたとき、小学生だった息子が「僕もなにか作りたい」と作ったもの家に飛行機モノが無かったので、、、。


私も聞いただけの話です、
第二次大戦時
創始者岩崎弥太郎の三菱、ゼロ戦が登場したとき、
世界の空は衝撃を受けました。

零式艦上戦闘機

私の車ほどの重さで千馬力以上!
アジアの隅っこの小国が物まねでない戦闘機を作っただけでなく性能も驚くべき
ものだったからです。
アメリカの話で。「ZERO ファイターを捕獲し調べシュミレーションしてみたと
ころ、あのような木や竹、紙まで使って出来ている。「張りぼて」みたいな軽量
な戦闘機は見たことがありません。燃費が良く長い距離を飛べ、(チッサイのに
関西空港からベトナム位は十分飛べます。)旋回性に富み、垂直上昇能力もあり
ます。わが国のエース戦闘機でも全く太刀打ち出来ません。」
「では1対1で戦わせない事で対応しよう。ZERO1機には2機で」
「それもシュミレーションしてありますが、2機でも無理です」
「じゃぁ、3機で」笑い話みたいですが、
物の有り余るアメリカは飛行機を作るよりよりパイロットを育てる事の方が時間がかかるので
大体こんな流れだったようです。

片や日本は練習するガソリンも乏しくなり私の父も松根油(しょうこんゆ)とい
うゼロ戦を飛ばすための今で言うバイオ燃料を作るために赤松の木の根をおこし
た経験を持つ。物が無いときに安く出来たので(1機当時7万円)零銭(金かか
んないよ)と言われたほど。(実際は2600年に出来たので型式末尾が00か
ら命名)
youtube にアメリカから里帰りした実際のゼロ戦が日本の空を飛ぶ映像を見まし
た。驚いたのはエンジンをかけるときにセルモーターがつけられていて、ボタン
ひとつで動き出した事、アメリカは実にイージーな国ですね。

最近は地震さえも天災?と思うときがありますが、戦争は人が起こすもの。
私の住んでいる所から1時間ほどに坂城という町が在ります。
水野源三さんがすんでいらっしゃった町でもあります。
18号線沿いに千曲川が流れています。
その川に新しい橋から少し離れて石橋風のレトロモダンな橋が架かってます。
戦時中、に飛行士達はその狭くて水面までそんなに高さの無いその橋の下を、
ゼロ戦で潜り抜けてから戦地に向かって行ったと其処の橋を通ったとき話を聞きま
した。

その後、私はその川を渡るときには、
わざわざその狭くて長くて古い戦前からあるその橋を渡っていきます。
今の私の足元には、死んでくれた方の思いもあるのだ。
「張りぼて」では無い平和、待ち焦がれます。

2 件のコメント:

  1. 紀元節2600年ですね? 確かその頃に日本基督教団が出来たかと・・・。

    返信削除
  2. 仰るとおりです。
    どちらもZeroつながりと言うことでしょうか。

    返信削除