2010年11月16日火曜日

新幹線

昨日は東京日本橋に行ってきた。
私一人でもよかったのだが、一人より二人なので
一緒にプチ旅行気分。
以前は長野発で一度も止まることなく東京着があって今回もそれで行こうと思っていた。
長野を出るとすぐ「次は終点、東京です。」というアナウンス、わずか1時間19分で着く、途中で乗り込んでくる人もいないので、自由席でもまさに気を使わず横になっていてもいいわけだ(まあ前は送りにいったのでグリーン車でいったのですが)
一度も止まらないということは、電車特有の停発進のキーガッタンゴットンが無いのでそれも快適なのです。乗り過ごす事も無ければ間違えて手前で降りる恐れもない。乗ったら目的地に着くわけです。
でも今回、その便がなくなっていたので各駅停車の新幹線(といっても6回止まるだけだが)にした。

乗ってみたらこちらのほうが天国行きの乗り物に近い気がした。
そりゃー、楽さから言えばノンストップ直行便は早くていいかもしれないが、決して急ぐ必要は無いのだ(それでも1時間30分程で着くし)
途中で様々な、どのように生きてきてどうしてこれに乗るのか知らない人たちと相席したりする。
途中で降りる人もいれば、終点まじかで乗ってきて最後まで一緒になる人もいる。
それは教会と名がつく集まりでの人の出入りを言っている訳ではない。
神の都である新エルサレムまでの切符を持っているかどうかの話である。
終点までの切符を手に入れたなら途中で降りることは
私には無い。ただ止まるたびにどこまで来たのか、まだ目的地まではどれくらいあるのか考える。
 
どのような旅であっても一人でなく、パートナーと共に車窓から流れる景色をみる事は楽しい。

2 件のコメント:

  1. 「気ままなカモメ」や「一匹狼」というと格好いいですが、放っておけばただ格好悪い「気ままな一匹」になっていた可能性があります。私のことです。

    そこで、行く末を心配された主は、10代後半からパートナーを与えられました。私のことです。

    しっかり結ばれてはいますが、ひもが長いので自由度はけっこう高く、飛んだり走り回ったりしています。

    電気屋さん御夫妻を見て、もう少し近距離で寄り添うのもいいかな・・・と思ったりしています。

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  2. ”私のことです。”
    は、私のことでもあります。

    ムーミンをみていたときから
    スナフキンにはどこかあこがれがありました。
    スナフキンってミイの弟だって知っていました?
    自由と孤独、音楽を愛する旅人。物事を所有することを嫌う

    スナフキンはなんかいいようにおもえるのですが
    「ひとがひとりでいるのはよくない」と父は言ってます。とにかく「良くない」わけで
    なるほど、たとえ人は名声や世界の半分を手に入れても、心から分かち合えるパートナーを得ないなら空しいかなーと思います。

    戦いでは無敵だったダビデですが、その時その場面では良くとも全体的には良き伴侶にめぐまれなくどの妻もヨナタンに勝るほどではなかったかと思うとき、ダビデはある意味イエスのひな形ですからイエスも心から良き伴侶を求め探していらしゃるのかと思ったりします。

    私のたわごとはともかく
    神の奥義は偉大です。

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