2010年11月26日金曜日

サンマリノ

イタリア半島にサンマリノという国がある。モータースポーツ好きにはお馴染みの場所だが、世界で5番目に小さい独立国家という中途半端さでバチカン程有名ではない。
もとはローマの迫害によって移動を余儀なくされ自然の要塞そのものという丘に移り住んだキリストを信じる人々の集まりだった。幾度もの侵略と危機を乗り越え小さいながらも豊かである。過去には「封建・税金制度廃止」のため司教にも反戦1296年にサンマリノの国民がサンタナスタシオ丘という修道院で行った裁判の際に「税金を払った事がないからこそ、これからも払いたくない。自由な国民にして下さったので、誰にも頼ることなく独立するべきである」と宣言
15世紀は近隣で力を持つものが国王の様にふるまい侵略合併を繰り返していく。彼ら(領主)にとって戦攻略は、あらゆる規則やモラルを取り去った芸術であり知的なゲームであった。サンマリノはそれにも抵抗した。敵の追従と策略を回避しながら、自国とそれらとの違いを訴え、自国を「共和国」と定義し「共和国は民主国家である」と唱えながら、自治体としての位置を確固たるものにしていった
18世紀、世界は革命の最中にあり、共和国としてすでに存在するサンマリノはこれらの革命より一歩先を進んでいた。ナポレオンもまた1797年、イタリア半島遠征の際、サンマリノを前に、自由主義共和国の模範と言い、税金を納めなくて良い事と23km離れた海までの領土与えると申し出た。 しかし思慮深いサンマリノは領土拡大は自国の将来に妨げになるとも考えその申し出を断る。
1908年、サンマリノは国際農業機関に加盟。第二次世界大戦も中立を貫き自国を守り抜き1971年より大使を任命し、欧州連合閣議と欧州安全保障協力会議さらに国連にも加盟。国連の盟約には、「加盟諸国間では、それぞれの国の大小や地理的な位置に関係なく法律的に同権であり平等である」と記されている。それは、サンマリノの「自由の概念」と似ている。
過去に何度も中立の立場で防衛しながらも仲介役や治療、保護、食糧援助、援助金、亡命などをしてきた。
そんなサンマリノはイスラエルやサーク島と並び最も行ってみたい国の一つである。

2 件のコメント:

  1. この前世界ふしぎ発見でもやってましたよ。
    イギリスにある島です。最近まで封建制がしかれていて
    領主が車を禁じていたので自動車の代わりにトラクターが使われています。
    マン島もいいなー

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