2010年4月28日水曜日

道の向こうがわ


丸太から挽いた木材をまっちゃんと加工した。
長さを測り、臍穴を掘り細工をしていく。
一本の線を出すにしても、基準となる所から地道に出来る限り正確に出していく。
日本古来からのやり方をまっちゃんから教えてもらう。
休憩時、お茶を飲んでいたらまっちゃんから聖書を読んでみたいという
私は言った。「なんでや」「一度読んでみるのも悪くないとおもってな」
「じゃあ沢山持ってるからやるわ」「ありがと」
渡すとき進言しておいた。「この本眠れない時、いいぞ」

枕にしても具合がいい高さだが、量が半端じゃなく内容も難解
もし、面白くなったりして、かえって目が覚めてしまったら、
結果的には得をしたことに必ずなる。

私の言ったことも嘘ではない。
読み続けても全巻読むには10日くらいかかるから、大体眠ることになる。
このブログを見る方は聖書を読んでいる方が多いと思う、そうであって欲しい。
ベストセラーだの知識や教養、正しさを養う事などは、どうでも良いこと。
イエスキリスト、彼がどの様な方か聖書も読まずに決めてほしくない。
聖書を見ていくと、初めからずっと「救い主が来る」とそればかり繰り返されている
あるところで「救い主が来た」と、かわり、又そればかり繰り返すことになる。
最後の所で また「もう一度くる」となる。聖書、分厚い割に実は結構単純です。

私の人生を振り返ってもその時々に救いとなった出来事がある
ちょうどその時、実にタイミング良く与えられた事を思い返す。
自分の家を作っていたとき、外せない予定がありコンクリートの最後を家内に任せて、離れた。途中でコンクリートが足らなくなった。家内は「困ったなー、あの人はいないし」と見上げると目の前にコンクリートがあった。これ幸いと家内はそれを運んで、無事コンクリート工事を終わらせてくれた。あとで「何で、そんなところに?」と聞くとたまたま、コンクリートミキサーが家の前を通りたまたまレバーを動かしたまま道にコンクリートを空けていったと思うしかない事だった。
ちなみに家の前の交通量は多くなくその時以来15年私が頼んだとき以外コンクリートのトラックは通った覚えがない。実に有り難い事。
その日ぶちまけられたコンクリートの道は長くアスファルトにシミになって続いていた。
その道の先はすくいぬしにつながっている。

2 件のコメント:

  1. ちょうどその時、実にタイミングよく与えられること・・・

    クリスチャンは折々に体験させてもらいますよね。

    ザアカイの記事にもそんな「ちょうど」がいっぱい。

    そんな「ちょうど話」を分かち合えるのは、すごく楽しいことです。

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  2. そうですね。
    楽しいことです。

    ちょうど昨日もそんな出来事を
    見させてもらいました。

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