2011年2月22日火曜日

金4

人が使って便利なものであった「お金」は増殖してそのうち人を使う様になる。
大事なのは「いのち」であり「パン」なのだが、「お金があったらなー」と夢をみさせたりするからだ、それは資本主義で加速する。
貯金しても利息はほぼ増えないが借りると利子は付く。
利子がもたらす大きな問題は、時限爆弾を抱えた人の様に時間に追い立てられるようにもなる事です。資本主義では経済は成長させ続けなければいけませんが、それに合わせて価格を引き上げていくわけにはいきません。
価格を引き上げれば競争に負ける企業も出てきます。残る手段は効率化、合理化を計ることです。しかし、それにも限界があります。
1日は24時間でしかなく、1年は365日でしかないからです。同じ期間で毎年毎年効率を上げ続けることは非常に困難です。
でも、それをしなければ倒産してしまう。だから良心が咎めても、非人道的なことをしてでも、環境を破壊してでも効率化・合理化して、売上げを伸ばし続けなければならなくなります。
そうしなければ自分たちが倒産という危機に陥ってしまうのです。
ところが、効率をあげればあげるほど雇用は失われていきます。
もっとも経費を削減できるのは「人を雇わないこと」です。
だから、一方では過労死するほど忙しい人がいるのに、他方では仕事のない人がいるというおかしな構図ができあがるのです。
この先に待っているのは「Race to the bottom」と呼ばれる「どん底に向けての競争」です。いかに長時間、安い賃金で、過酷な労働をさせるかを競い合う世界です。
私たちは本当にそんな世界を望んでいるのでしょうか?

この過酷な効率競争は、人間とって大切な時間のゆとり、そして精神的ゆとりを失わせます。
たとえ効率があがっても、それで労働時間が減ることにはつながりません。
なぜなら資本主義社会は投資効率を求め、最大の利潤を生むように人々を駆り立てるので、空いた時間はさらなる経済成長のために組み込まれていくのです。

ミヒャエル・エンデは、代表作『モモ』の灰色の人たちの正体を晩年「利子」だと語っています。最後は自分で考える事さえ奪われていくのです。
判りきった事ではありますが、
紙に仕えないで、神にのみ仕えたいものです。

4 件のコメント:

  1. 「紙に仕えないで、神にのみ仕えたいものです。」

    鋭い切れ味のお言葉です。

    平易、かつ単純に、
    スパッと心に刻まれました。

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  2. ゆばる さん

    そういっていただき、ありがとうございます。

    これが、仕事が不安定な時って
    「金さえあれば、、。」と誘惑が浮かんでくる訳ですね、
    大事なのは
    「神がいるじゃないか」と
    「私に何をしてほしいか」と
    お聞きになられるお方がいらっしゃるじゃないですか。

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  3. 中3の時に、contradictionという曲を作りました。

    「学校の卒業証書も何億円の札束もただの紙切れさ」と歌っていました。高校でバンドを組んでリメイクしたとき、この部分の歌詞が気に入らず、もう少し抽象的な歌詞にしました。

    そういうものを否定する自分も否定したくなったのです。時々何もかも馬鹿馬鹿しくなるときがあります。今でもそれは同じですが・・・

    イエスがいなければ、この世界の矛楯と理不尽を私は断じて許せないでしょう。

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  4. 現代では
    お金を使わないという生き方はほぼ出来ませんが
    何かを作り出してそれに相応する報酬としての
    お金はまあ、いいのです。
    でも、お金でお金を生み出す様になっている事が
    問題で、それはまさに善悪の知識の木の実を食べた末裔にふさわしいペテンです。

    ただそれに気づいてもさらに自分を否定してイエスに向かい合って付いていく事がないなら全てをボロボロにして
    最後は浅間山荘に立てこもる事にもなりかねません。
    イエスにしか平安がなく主にしか救いがありません。実に感謝です。

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